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大人の事情①

私は大学を卒業して、一般企業に就職した。勤務地は地元の福岡。その会社は東京本社で全国に支社を持っていた。私は地方採用として入社したので、福岡支社配属で、基本的には異動はない。どんな会社かと言うと、「人材派遣」会社だ。仕事としては大きく3つ。①派遣登録している人(スタッフ)に仕事を紹介する、②働き手を探している企業に適したスタッフを紹介する、③働いているスタッフをフォローする、である。私は営業職採用だったので、仕事のベクトルは基本的に企業を向いていて、取引先となり得る会社を訪問して人材を探していないかのヒアリングをしたり、探していない時でも人材における有効な情報を持って行ったり、時にはローラー営業と言ってオフィスビルの上から下まで飛び込み営業をして、名刺と資料を配っていたこともある。
新卒当初の頃は、先輩に同行してノウハウを学ばせてもらったり、ロープレをしてもらったりして、仕事を覚えていった。私のいた派遣会社では、新しく来る派遣登録希望の人たちの対応は内勤の方が担当で、その方たち(コーディネーターと言う)が営業の取ってきた案件をスタッフに紹介し、働きたいと言ってくれたら実際に派遣先に紹介するという流れだった。大阪や東京は規模が大きいため、スタッフの職種ー例えば事務系、販売系、SE系、などーによって専門の部署があるのだが、地方はそこまで分けられていなかったので、どんな業種・職種でもやらなくてはならなかった。また、事務系と言っても、庶務、経理、総務、営業事務など、仕事の幅は様々で、人材を探していると依頼が来ても、細かくヒアリングして理解していないと、スタッフと仕事がマッチしないため、その仕事にはどんな経験や資格が必要かの知識も必要だった。
私の仕事は主に、新規顧客開拓と、先輩が担当していた企業を引き継いでの拡販営業。引き継いだ企業にはもちろんそこで働くスタッフがいる。入社して2ヶ月ほどで初めて自分の担当スタッフを持つことになった。新卒22歳、社会のことなんて何にも知らない私が、社会人として先輩であるスタッフのフォローをする、と言うのはいささか難しかった。フォローと言うのは簡単に言うと、悩みを聞いたり、何か要望があった場合(残業が多いから改善してほしい、時給を上げてほしい、など)派遣先と折衝したり、逆に派遣先からの要望をスタッフに伝えたり、と板ばさみになることがほとんど。また、辞めたい、と言う相談があれば、どうにか続けてもらえるように話し合いをすることもあった。派遣会社にとって、スタッフに出来るだけ長く働いてもらうことが一番の利益になるし、もし辞めてしまった場合、その枠に必ずしも自社のスタッフが入れるかどうか保証がないからである。派遣業界はパイの取り合いである。ただ、そういう企業的な理由で続けてほしいと説得しても、絶対に引き止められないので、働き続けるメリット、辞めるデメリットを力説したり、一緒に頑張りましょうと情に訴えたり、22歳の私は方々手を尽くして頑張っていた。年齢的に、「新卒のあんたに言っても分かんないでしょう」と思われてるだろうなぁ、私でもそう思うもん、と思いながらも、出来る限り親身に寄り添って話を聞き、要望には応えられるよう努力した。私は身長が大きいせいか、あまり新卒に見られなかったので、企業相手には新卒を隠し、スタッフさんによっては年齢を誤魔化すこともあった。ただ、新卒と言ったほうがフレッシュさや頑張っている感が出て、プラスに受け止められそうな時は、武器にすることもあった。
就職してから初めて、心からのガッツポーズをしたのは、ある大手企業の福岡支社の新規開拓に成功したときである。足しげく通って、資料を持っていき、担当者であるHさんに覚えてもらえるよう色んな話をしていたら、産休で人員が足りなくなるから派遣を使いたいと依頼が来た。細かく仕事内容を聞き、実際の勤務場所を見せてもらい、どんな人材がこの企業に合うのか、コーディネーターとも相談した。候補スタッフが挙がったら実際に会って話をし、仕事内容だけでなく、会社の雰囲気なども伝えた。そしていよいよ顔合わせの日がやってきた(※派遣の場合、面接ではなく「顔合わせ」という表現を使う。派遣先の企業には人材を選ぶ権利がなく、面接してはいけないという決まりがある。逆に派遣される側であるスタッフのために顔合わせを行う意味合いである。実際はまぁ色んなケースがありますが…)。
顔合わせには必ず同行し、スタッフが自己紹介した後、スキルや経歴についても補足を入れて、お互いがいい印象で進むようにサポートする。こうやって書くと、芸能界で言うマネージャーと非常に近い仕事だなと思う。そうして顔合わせが終わったら、スタッフに働く意思を確認をしてから送り出し、企業に戻って担当者の感触を聞き、両者とも問題がなければクロージング(契約)に持っていく。通常は返事がもらえるまで数日かかることが多いが、すぐにもらえた時のことも考えて、顔合わせには契約書を常に持参している。
この時は月末が近かった。私の会社は毎月売上目標が設定されていて、達成するとインセンティブがもらえる。この契約が取れれば、達成できる計算だった。私は話を聞きにHさんの元へ戻った。担当者レベルでは問題はない、後は稟議を通すだけだと言われた。企業にお勤めの方は分かって頂けると思うが、この稟議と言うのが厄介で、とにかく時間がかかる。現場レベルではOKなのに、役職を持った方に印鑑をもらうだけなのに、途方もない待ち時間が必要になるうことも多い。しかも、勤務開始日は翌月の中頃で、今月末までに契約書を交わさなくても、派遣先もスタッフも何ら困らない状況。つまり月末までに契約書が欲しいのは私だけ、単なる、私の事情なのだ。来月の数字に回せばいいと考えを変えて、諦めることも出来た。だけど、どうしても達成したい、私は結果にこだわる女だった。ついに最後の手段、泣きの作戦に出た。Hさんは私が新卒だと知って可愛がってくれていたし、これまでの営業姿勢も認めてくれていると判断して、「この契約はどうしても今月必要なんです、どうにかサインを頂けませんか」と正直に全てを話した。するとHさんは「月末ギリギリまで待って間に合わなかったら、私がサインをするからそれで一旦受注していいよ」と言ってくれた。私はその言葉が嬉しかった。だけどその嬉しさは数字を達成できるからじゃない、自分を信じて認めてくれたこと、私のために決断してくれたことが、心から嬉しかった。
そして末日がやって来た。私はHさんに会いに行った。もうこれは執念だった。やはり稟議は間に合いそうにないとのことで、18時までにはサインしてFAXするからと約束してくれた。ちゃんとFAXが来るか不安だったが、月末は忙しく、それだけに構っていられない。その後、他の取引先に契約書を回収しに行っているといつの間にか18時を回っていた。
確認の電話を入れたいが、やっぱり無理だったと言われるのが怖くて、携帯を握りしめたまま迷っていると、突然事務所からの電話。恐る恐る出ると、「マリオ、契約書来たよ!おめでとう!!」とコーディネーターの方が報告してくれた。私は博多のオフィス街の真ん中でガッツポーズして喜んだ。すぐにHさんにお礼の電話を入れ、何度も感謝の気持ちを伝えた。事務所に戻るとみんなが目標達成のお祝いしてくれて、月末の締め会(飲み会)は大いに盛り上がった。それから、その企業とHさんとの付き合いは続き、たくさんのスタッフがお世話になった。もちろんトラブルもあったが、私の一番の優良取引先であったことは間違いない。3年後、私は会社を辞めることになり、退職の挨拶に行ったら、新しい世界へ挑戦する私をHさんは笑顔で送り出してくれて「高島さんならどこででも大丈夫」と言ってくれたことを今でも覚えている。もし会うことが出来たなら、どんな話をするだろう。もう10年以上前のことだけど、初めて自力で取った契約、って忘れないものだ。自力とは言っても、当時の上司にはずいぶん助けてもらったけれど。

さて、タイトルの「大人の事情」についてはまだ十分に話せていない。②に続く。

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