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脱毛サロンの女「アザのある客」

これは、脱毛サロンに勤める女・毛利悠里(26)の日常を切り取った妄想エッセイです。事実とは大きく異なる点があるかもしれません。妄想ですのでご了承下さい。

ビィーーーーーン。

『今日はこれで3人目か』

ムダ毛を処理する電動シェーバーの音が鳴り響く中、私は目の前に横たわるタオルに包まれた裸体を前に夢中に…というよりも無心にシェーバーを動かしていた。今やっている右足の太ももが終われば、除毛作業は臀部に移って行く。しかし。まだまだ時間はかかる。

脱毛サロンに通っている人には周知の事実だが、脱毛のライトを当てる前に必ず毛の処理をしなければならない(機械の種類にもよる)。ライトは黒いものに反応するので、毛が残ったままだとライトが反応し過ぎて、火傷してしまう可能性があるのだ。

このお客様はどちらかと言うとふくよかで、表面積が広いため、除毛作業にも照射(ライトを当てること)にも時間がかかる。今日最後のお客様なので、より一層急ぎ目で手を動かす。

右の臀部を覆っていたタオルをゆっくりとはがすと、飛び込んできたのは大きなアザだった。お尻の半分よりやや上、大きさで言うと直径10cmくらいだろうか。恐らくアザ3日目くらいの色具合。青からやや黄色がかってきている。

「アザの部分、避けてお当てしますね」

基本的にはアザ、デキモノ、肌荒れなどには照射しない。ホクロには保護シールと呼ばれる直径5㎜ほどの白くて丸いシールを貼ってカバーする。お尻の除毛作業を進めていると、うつぶせに寝ていたお客様がくぐもった声で言った。

「こけちゃったんです」

聞いてもないのに理由を聞かせてくれた。大の大人がこけるなんて(しかも尻から)どんなシチュエーションだろうと、私は手を動かしながら想像してみた。今の時期なら、スキーとか?もしくは一昨日くらいに寒波が来て寒かったから、地面が凍って滑ったとか?

「彼氏と公園で遊んでたら、もつれちゃって」

『もつれて?彼氏と!?なんでやねん!!ほんでなんで右尻だけアザできんねん!!』

思わず頭の中で使ったこともない関西弁を駆使して突っ込んでいた。再び想像してみる。ポッチャリ女の彼氏はたいてい細身の男だ。いちゃつく二人、足が絡まる。先に彼氏がうつぶせに倒れる。彼は立ち上がろうと地面に両手をつく。細身の男の腕は同じく細い。その腕はちょうどカマキリの足のような形になる。そこに彼女が尻から落ちていく。尖った彼氏の肘。それはもはや凶器である。

「肘か…」

「はい?」

お客様が聞き返した。私ははっと我に返り「肘です。次は肘から腕の処理に移りますね~」なんて誤魔化した。そんな順番で処理はしないのに。それからは邪念を振り払い、作業に集中した。

「ありがとうございました」

ふくよかなお客様を送り出し、私はふと思った。

『彼の肘の方が心配だ』

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