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0.1秒の世界がココにもあった。

私は脚本を書く人間である。そして演じる人間でもある。

 某シナリオコンクールで優秀賞(大賞の次)を頂き、そこから少しだけ、人生が変わったような気がする。
 正直に言うと、変わったのは、私自身の気の持ちようだ。一つの賞を取ったとて、人生が激変するわけではない。しかも私は2位なのだ。平昌オリンピックなら、宇野昌磨選手であり、平野歩夢選手である。いや、彼らの足元にも及ばない。名前を出して申し訳ないくらいだ。

 その賞を頂いたのは、ちょうど1年前。脚本を書き出して、1年経ったか経っていないかな頃。突然その電話は掛かってきた。どこで電話を受けたかも、その時の感情も、全て覚えている。忘れられない。
 当時私は某芸能芸能に所属するしがないタレントで(今でもそうだが)、もう33歳で(今は35歳)、自分の身の振り方を悩んでいた。そんな私に、知らない番号から電話が掛かってきた。3度ほど無視した。何かの勧誘だろう、そう思った。しかしその番号はしつこかった。恋愛と同じ、何度も告白されると気になり始める、そんな感覚で私は電話を掛けなおした。思いもよらぬ人が電話口の向こうにいた。

 「最終選考にあなたの作品が選ばれました」その人はそう言った。

 確かに、提出したのは自分の思いを込めた作品ではあった。自分の実体験を交え、主人公を自分と重ね合わせ、セリフを口に出して読めば、自然と涙が出てくる、そんな作品だった。自分の母親や、お世話になった師匠がくれた言葉を全て作品に注ぎ込んだ。本当は自分の胸の内に秘めておきたいものも、全て。だから最終選考に残ったと聞いた時、「賞を取るかもしれないな」とそう思った。と同時に、賞を取れないくらいなら、この世界を辞めてしまおう、とも思った。この作品に今後の人生を賭けたのだ。
 それから1ヶ月後。その、登録していない番号から再び電話が掛かってきた。私は思った。「やはり来ましたか」と。電話口で担当の方が「あなたの作品は残念ながら」と言った。その瞬間、今まで味わったことのない心臓バクバクが私を襲った。そんなわけあるまいと、次の言葉を待った。

「大賞ではありませんが、優秀賞に選ばれました」

 そう言われた。そして小さくガッツポーズをした。もちろん大賞が良かった。大賞は映像化されるし、賞金も高い。それでも人生を賭けた勝負に、勝ったと思えた。何より、自分の作品が自分の知らない誰かに認められたことが心の底から嬉しかった。

 それから1年が経った。私は今でも、色んな放送局が開催する脚本コンクールに作品を送っている。しかしあれ以来、1次選考すら通過していない。

 私が脚本コンクールに応募するキッカケとなった某テレビ局が主催する新人コンクールがある。過去2回応募しているが、箸にも棒にも掛かっていない。それでも挑戦することに意味があると思い、締め切りの23:59:59まで足掻き続けている。今年も、足掻いて足掻いて、足掻いた。自分なりには好きな作品として出せるとそう思える作品に仕上がった。しかし脚本が仕上がって終わりではないのがこの世界。応募するためには、自分の個人情報(年齢や職業、連絡先など)を入力しなくてはならないし、「あらすじ」も書かなくてはならない。このあらすじが、簡単なようで実は難しい。辻褄合わせの作業でもある。あらすじを書いては脚本に齟齬がないかを確かめ、脚本を見直してはあらすじがあらぬ方向へ行ってはいないか確認しなければならない。

 私はパソコンの右下に表示される時計にふと目を遣った。

 23:58

 時計は締め切りがあと1分を切っていることを示していた。私はあらすじをそこそこに纏め、個人情報の入力に移った。氏名、読み仮名、電話番号、住所、生年月日、そして、あらすじ。脚本のファイルを添付して、送信ボタンを押す。そこに表示されたのは

 「エラー」

 自分の心臓がドクドクしていることを、はっきりと認識していた。それでも、もう一度、送信ボタンを押してみた。

 結果は同じである。そして改めてその応募サイトを見ると「募集は締め切りました」と赤字で表示されている。

 「タッチの差だ」

 私は思った。零コンマ何秒の世界が、ほんの数点の差が、スポーツマンではない私にも訪れることがあると、知った。平昌オリンピックの銀メダリストー例えば平野歩夢選手の、渡部暁斗選手ーの悔しさを自分に重ね合わせた。同時に、これまで自分が過ごしてきた怠惰な生活を呪った。オリンピアンと自分を重ね合わせるなんて失礼だと気付いた。本当にすみません。

 それに提出できたとて、賞を獲れるほどの作品だったかは疑問が残る。脚本なんていつまで経っても未完成で、いつまで経っても満足できないもの。応募しようと思っていた作品だって、突き詰められたら逃げ場はないだろう、でも。だから、書き続けているのかもしれない。誰かに認められたくて、才能があると思い込みたくて、書き続けている。そして結果が発表されるたびに疑心暗鬼になる。

 「私は書き続けていいのだろうか」

 神(紙)にもすがる思いで日々過ごしている。それでも私は「銀メダリスト」と言う誇りを胸に、これからも書き続ける。それを読んでくれた人々が、私の産み落とした脚本の舞台を見に来てくれた人々が、私の作品に触れて良かったと思ってもらえる日を夢見て。いつか私の作品が、世界中の人々に届くその日を信じて。

 最後に。

 私は、平昌オリンピックの中で、高木美帆選手が一番好きです。3色のメダル、本当におめでとうございます。

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