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第6話 フリーズ!銃社会アメリカを垣間見た夜

第1話 (みんなの文藝春秋でも取り上げていただきました)

Today's pick
Protomartyr 'Ultimate Success Today'

 真夜中を回ったあたりか、とある街に到着した。その夜ライブを済ませた後、機材を詰め込み、早速ヴァンに乗り込んだ。明日の会場までほど遠い。1日では間に合わないので、数時間でも今の間に距離を詰めておく必要があった。
 アメリカの中規模都市はまるで同じ顔をしている。低層工業地帯が主道路の脇に並び、IHOPやタコベル(タコヘルhell=地獄と呼んでいたけど)スーパー8とかパンダとかチェーン店の看板が道路脇高くに照らされている。今夜の滞在先もこれと言って何があるわけでもないアメリカの典型都市ミシガンのカラマズー(Kalamazoo)のとあるモーテルだった。
 左手にホテルのパーキングの入り口が見えてきた。低木の生垣に囲まれて、その奥にライトで照らされた白い建物が見えた。悪くないじゃんと思っていたら、運転していたジョニーが左折のカチカチを元に戻し、入り口を素通りした
「あれ?ここじゃないの、ホテル?」
と私はヘッドフォンを取りながらジョニーの横顔に話しかけた。
「銃声が聞こえた」
といつもチルなジョニーが緊張したように言った。「ワット!?」と困惑していたら、後ろで寝ていたツアーマネージャーのルイスが
「もうワンブロック先で左折して止めろ」と言った。それからびびりまくる私たち。
…銃声ってどうゆう事よ…俺も聞いた…え?どこから?…ホテルからっぽい…パトカーも見えた…何?事件?…口々に溢れる思いが止まらない。
「車で待ってろ。見てくる」
といつも腰にぶら下げているお気に入りの折りたたみナイフをシャキーンと右手に持ちルイスはホテルへ向かった。さすが、ハードボイルド!
しばらくしてルイスが帰ってきた。
「猛犬がいるらしい。この辺りにまだ潜んでいるようだ」
…ワトソン君、敵は正体不明の猛獣だよ…バスカヴィルの犬か…フロム・ベーカーストリートUKじゃなくってここは不思議の国ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカでしたわ。
 
それにしてもイヌて…

犯罪集団が犬を連れてホテルに強盗に入って、警察から発砲されたんかしらん?だって犬だけにむかって警察が銃撃つわけないしね。え?犬だけなんだー。すご。
 小1時間が経ったくらいかルイスが1人でチェックインを済ませ、遂に私たちは敷地内へ入った。その時1人の警官の横をヴァンで横切った。ルイスは部屋の前にヴァンを止めメンバーはそれぞれの部屋へ直行した。ジョニーと私はルームメイトで、一旦部屋へ入ったが、好奇心には勝てず、2人にやにやしながら部屋から飛び出した。
 レセプションから10mくらい離れた反対側に警察官がいた。茂みに向かって銃を構えている。ジョニーと私はそれを横からきゃっきゃ、シーとか言いながら覗った。
その瞬間
「フリーズ!」
と言って茂みに向かって警官が銃を構えた。ええええええ!うそやん、犬って英語分かりまへんのやおまへんの。変な関西弁でジョニーに微笑んだ。警官はわてらに気がついたんか、部屋に戻れと興奮気味にシャウトして手を大きく振ってはった。やべ、見つかったやん、ジョニー、あんたのせいじゃとヘコヘコしながら部屋へ戻った。と、今し方目撃した事、犬に向かって銃を構えた警官は異次元の世界のもんだったかのかも知れんね。あー惑わせられたー、恐ろし恐ろし。さあ靴を脱いで、上着も放ってインターネットの本当の世界で迷子になろうぜ!あ....あれ...どこ?夢の国へのパスワード見つかりませんやん。こりゃしょうがない、レセプション行くしかないね。
 さっきの警官はもう異次元の世界へ帰ったようで見当たらなかった。レセプションの入り口外のコンクリに何個かの薬莢の破片とそれを囲むようにチョークで丸が書かれていた。血痕もあった。これこのままでええんかね、ジョニー?知らぬよ、マイガッド、入ろうぜ。するとレセプションのお兄さんが震えながら座っていた。

お兄さんの供述:
あれは俺がランドリー室から帰ってきた時だったな。突然大きな犬が俺に向かって走って来たんだ。こりゃやばいと思って駐車場の自分の車に一目散にタッチダウンして避難したってわけさ。そしたらあの犬公め、ボンネットに登りやがって俺に向かって吠えたてるのさ。あーそりゃ怖かったさ。全身の全ての毛穴が縮んじまって皮膚呼吸困難になるところだったさ。俺もこのまま黙って見てるわけには行かねえだろ?だからホーンをしこたま鳴らしてやったのさ。宿泊客のことかい?そんなのは関係ねえさ、俺の命の方が大事だろう?でもあいつはまだボンネットの上から俺に向かって牙を剥いてやがる。このまま車の中で夜を明かすのはゴメンだってね、俺はすぐさま911にダイヤルしたんだよ。そうしたらさ、夜中だって言うのによ、すぐにポリ公が来やがった。ポリ公は一発二発あいつに向かって発砲したんだ。ああーしっかり食らってやがったよ。全くどう猛なやつさ、撃たれた後もあいつは走って奥の茂みに逃げたんだ。チキショーめ、飛んだ夜だったぜ、考えただけでまだ震えが止まらないよ。

 アメリカは言わずと知れず銃大好き社会だ。銃関連の死亡件数が驚くほど高いのは想像がつく。そのうち事故や自殺が多いのも不幸な事だ。登録されている銃の保持率も、もっぱら内戦中のイエメンを引き離して世界でダントツで一位らしい。スーパーで弾丸はお手軽ショッピングできちゃうし、銃に対して垣根が低いのは明らかだ。

2016年の米国では1万1000人以上が銃によって死亡した。これは、殺人と過失致死の合計件数の約3分の2に相当する。
発生する殺人事件に占める発砲案件の割合は2016年の米国が64%だったのに対し、2015~2016年のイングランドとウェールズは4.5%、2015年のカナダは30.5%、2013~2014年のオーストラリアは13%だった。BBC

 先日、アメリカに住むルイスからどこかの空地で缶を射的にしてライフルで撃つ映像が送られてきたばかり。なんてタイムリー。彼は南部、アトランタ出身だから銃に対する意識は北部東海岸のホワイトカラー層のそれと全く違う。ツアー中でも各地で落ち合う彼の友人は武器大好きザ・オトコ・アメリカンが多くなかなか興味深い。普段は決して出会わない人種である。AEK小型小銃の話に「それゲームで使ったことあるわ」と一言、絞り絞ってやっと会話に入れたもんであった。実際テキサスで一度銃を手に持ったことがある。それは小型小銃で、空港のお巡りさんが持っているようなタイプの大きな銃だった。リボルバーみたいな工芸品的要素があるものと全く違う完璧な武器だった。ルイスの友人宅で実にカジュアルに見せていただいた。
 いつまでも終わらないアメリカの銃との戦争。ブラック・ライフ・マターズのプロテストが各地で白熱していた中、アトランタの警官による黒人男性射殺事件は記憶に新しいが、田舎の警官がいかに浅はかで、無知、教育不足かが窺える。

シンクタンクのプリズン・ポリシー・イニシアチブによると
警官による武力行使で命を落とした人の年間数
◆アメリカ(人口3億2820万人)
1,099人(19年)
◆日本(人口1億2650万人)
2人(18年)
そのほか、先進諸国のデータ
カナダ 36人(17年)
オーストラリア 21人(18年)
ドイツ 11人(18年)
オランダ 4人(19年)
イギリス 3人(19年)
ニュージーランド 1人(18年)
アイスランド なし(19年)
ノルウェー なし(18年)

比例して警官の殉職率もアメリカは高い。フォーブスによると、アメリカでは毎年100人前後の警官が勤務中に命を落としているらしくUSA Todayの発表では、そのうちの3分の1が発砲によるもの、3分の1が車両事故によるもの、残りの3分の1はそのほかということ。日本はというと年間4人くらいらしい。

 このような背景のもと、国民の銃保持率が高い要因もあって、お巡りさんがビビるのも無理はない。身を守るために銃を持つ、と西部劇からも分かるように、昔からアメリカンの心持ちは変わらない。マイケル・ムーア監督(ミシガン出身)のボーリング・フォー・コロンバインではアメリカの銃社会が引き起こす乱射事件などを取り上げていたが、そこではお隣の同じく銃保有率の高いカナダと比較して、いかにアメリカがFear(怖れ)によってコントロールされている社会であるかを導き出していてとても興味深いと思った。一般的にカナダ人はチルでええ人と言う評判がある。社会福祉も充実していて、幸福度が高い。アメリカは救急車に乗るにも「保険に入っているか?」「ちゃんと医療費を支払えるか」と聞かれるらしい。金がないと生きる資格がないのである。あ、なんか日本みたいだね。そんな殺伐とした社会では人は懐疑的になるし、人を敬う余裕なんてない。誰も助けてくれないから生きることに精一杯。自己責任論が根本にあるから、生まれや経済的ハンデは己のせい。どうやっても二進も三進も行かないのに、誰も気づいてもくれない。そして重くのしかかるプレッシャーで弾けるやつが人を刺す。銃があれば乱射する。

 今回田舎のアメリカのお巡りさんは、犬を銃で撃つと言う手っ取り早い手段を取った。日本でも、イギリスでも絶対に起こらない事だ。完璧に狂っている。外から見るといかにクレイジーかは明らかだけれども、内にいるとすっかり洗脳されてしまって分からなくなるのかもしれない。レセプションの兄さんに怪我がなくてよかったのだが、彼の言動に何か腑に落ちないところもある。私は撃たれた犬も可哀想だし、酷いと思った。人間様の勝利!みたいな傲慢さが鼻につく。 私たちはwi-fiのパスワードを手に再び部屋へ戻った。意味もなくテレビをつけてジョニーが言った。
'That guy is such a pussy' (あいつはどうしょうもなく腰抜けだな)

アルバムについて
プロトマーター 「アンリミテッド・サクセス・トゥデイ」

7月17日発売予定の新アルバムはバンドの第5作目となる。ミシガンはデトロイト出身の4ピースポストパンクバンド。本作は前回の第5話でも紹介したニューヨーク州のドリームランドスタジオでレコーディングされた。10年代のアートロックムーブメントに乗ってデビューしたバンドは以来、期待に裏切らないコンテンポラリーなロックアルバムを制作し続けている。イギリスのワイヤーやザ・フォールズなどのポストパンクバンドと比較されて来たが、現代の輝きや深みのあるプロダクションとリズム体の面白さがとても心地いい。独特なクールでミニマルな旋律を奏でる楽器の音もすごく良いし類似バンドと比べても全体的に質が高い。15年発売の「ザ・エージェント・インテレクト」はヘビロテだった。今年からブリーダーズのケリー・ディール(ピクシーズのキムの双子の片われ)がギター・コーラスで参加するらしいのでぜひライブには足を運びたい!

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第5話

作者について
土居まりん a.k.a Mariko Doi
広島出身、ロンドン在住。ロンドン拠点のバンド、Yuckのベーシスト。ヤックでは3枚のスタジオアルバムとEP、自身のプロジェクト、パラキートでは2枚のスタジオアルバムとEPをリリースした。
ピクシーズ、ティーンエイジ・ファンクラブ、テーム・インパラ、アンノウン・モータル・オーケストラ、ザ・ホラーズ、ウェーブス、オールウェーズ、ダイブ、ビッグ・シーフなどと共演しロンドンを拠点に国際的にライブ活動を展開している。
2019年初のソロアルバム「ももはじめてわらう」を全セルフプロデュースでDisk Unionからリリース。モダンアートとのコラボ楽曲など活動の幅を広げている。



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