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《短編小説》食生活2040 伝統的食生活の黄昏

2040年。人々の食生活はドラマチックに変わり始めていた。

政府が、一粒食べるだけで、1日分のカロリーは勿論、満腹感まで味わせてくれるifoodを発表したからだ。

ifoodは、ひとりひとりの体型や体調に合わせて作られており、持病や疾患にもきめ細かく対応してくれるオーダーメイド食だ。

ifoodが発表されると、医療関係者達の間でもてはやされた。患者の基本データに、その日の診断内容を加筆するだけで、翌朝には最適化されたifoodが届くのだから、病院や老人ホーム等で需要があるのは当然のことだろう。

また、栄養面の完璧さと摂取の簡単さから、忙しい仕事世代や、子育てママの間でも、自然と利用者が増えていった。 

こうしてifoodは、想像以上の勢いで、人々に浸透した。

気づいてみれば、私の回りも、ifoodを使う人が多くなった。

私はグルメと自負しており、昔ながらの食事にこだわる派である。

今日も、これから、究極のランチを、友と味わうつもりである。

レース越しに差し込む日差しも、観葉植物の葉のあちらこちらで、キラキラ輝いて、友を歓迎しているようだ。

まずは前菜代わりに、採りたて旬野菜のサラダと新鮮なホタテのマリネを。
サラダのメインは、軽く茹でた極太のアスパラにゴマ風味のマヨネーズ。しゃきしゃきの音と食感がたまらない。青々した匂いが夏を感じさせてくれる。
マリネの微かなレモンの酸味は、ホタテの甘味を引き立ててくれて、邪魔にならない絶妙さだ。
これには白ワインといきたいところだが、友の誕生日なので、お祝い気分にふさわしいロゼのスパークリングワインを用意している。

「お誕生日おめでとう!」

と、杯を傾けると、友は、

「いやぁ、もう、おめでたい歳じゃないけどね。」

といいながらも、まんざらでもなさそうだ。

「なに言ってるのよ。元気でこうやって好きな物を味わえてるだけでも、素晴らしいことじゃないの。」

と、言うと、

「そうよね。こうして、美味しいものをいただきながら、一緒に祝ってくれる友逹がいてくれるのだから、ホントにありがたいわ。」

と、満面の笑み。

う~ん。これこそ、まさに至福の時である。

メインには、ヒレステーキのフォアグラ添えを用意した。赤ワインに、醤油、バターを加えて作るシンプルなソースから、いい匂いがしてくる。

「まあ、美味しそう!」

この友の嬉しそうな表情を見るだけで、私も幸せになれる。

「それにしても、よくこんなフォアグラが手にはいったものね。近頃は、動物愛護団体からのクレームやら、規制やらで、すっかり影を潜めてるって聞いてたのに。」

「そりゃあ苦労したのよ。でも、貴女の大好物だから、なんとか手に入れたの。今日は、思う存分堪能してちょうだい。」

「ありがとー。感激だわー!」

友は、まず少しだけフォアグラを切ってフォークに載せると、ゆっくり口の中に運んだ。
舌の上で、その濃厚な滑らかさを味わっているようだ。満足そうに目を細めている。
時間をかけて飲み込むと、今度は、ヒレ肉を少し切り、その上にフォアグラを載せ、回りのソースを絡めて、口に入れた。
柔らかながらも、肉本来の食感を感じさせるヒレと、バターと醤油で風味をましたクリーミーなフォアグラをゆっくり口の中で転がしながら、そのハーモニーを楽しんでいるようだ。

「う~ん。シアワセ。」

友の目尻が、いい感じに下がって、ほっこりした笑顔になっている。
やったー!
これは、彼女が最高に満足してるときだけに見せる至福の笑顔だ。

「そうだ。ワインも開けなくちゃ。今日は、メインを引き立ててくれるように、あえて、さっぱりした白ワインを選んでみたの。ニュージーランド産のソーヴィニヨンブラン。今、これが一番のお気に入りなの。飲んでみて。」

「どれどれ、ではまず一口。」

彼女は、グラスを少し傾けて揺らすと、まず香りを楽しみ、そして口に含んだ。

「まあ、軽くてさっぱりしてるのね。白と言えば、シャルドネばかり飲んでたけど、これもいいわね。どんな料理も邪魔しない感じだわ。お肉だと、つい赤ワインとか思っちゃうけど、フォアグラの濃厚さを、いっそう引き立ててくれて、今日の気分にぴったりだわ。」

私も、おもむろに、フォアグラをたっぷり載せて、ヒレステーキをほおばる。
そして軽くて香り高いワインをいただく。
なんと、豊潤な瞬間だろう。

友と、美味しいものを食べながら、とりとめもない会話を楽しんでいると、あっという間に時が過ぎてしまう。

ふと、回りを見渡すと、いつの間にか、日がかげり始めている。

「あらあら、もう、こんな時間だわ。そろそろ帰って夕食の支度をしなくちゃ。」

と、彼女。

「今日はありがとう。ホントに幸せな誕生日だったわ。きっと一生忘れない。」

「なに言ってるのよ。毎年お祝いしましょうよ。」

と、私が応えると

「そうね。その前に、貴女のお祝いもしなくちゃね。」

と、彼女が微笑みながら、別れを告げた。

こんな時間が、来年も、再来年も、その先もずっと続くと信じていたのだが、現実は、思いの外早く、厳しい刃を向けて来た。

政府が、ifoodの義務化を発表したのだ。

動物を殺して食べることの非倫理性、農業の高齢化問題を受けての苦渋の決断との説明であったが、昔ながらの食事派の私たちは、いったいとうしたらいいと言うのだろう。

刺身、寿司、焼き鳥、焼き肉、焼きそば、鴨せいろ、バナナパフェ、マンゴー、キウイ、ストロベリーにアイスクリーム・・・・次々、食べたいものが頭に浮かんでくる。

日のよく当たるベランダで、本格的に家庭菜園を始めた。今までは、パセリや紫蘇のようなハーブの類いしか育てていなかったが、もっと大きな鉢を並べ、葉ものや、実ものも、育てることにした。

買い占めていた食材も、だんだんと底をつき、もう家中探しても、ろくなものが残っていない。

空腹でたまらない。

検診で、腎臓に問題ありと判断された夫は、一足先に医療系のifoodを調剤されている。
また、娘たちふたりは、もうだいぶ前から、ifoodのエクセレントボディータイプに登録し、綺麗に痩せてきたと喜んで話している。

気づいてみれば、結局、昔ながらの食事にこだわっているのは、我が家でも私ひとりとなってしまったのだ。

寂しい。

そして、何よりお腹がすいてたまらない。

冷凍庫の奥に潜んでいる残り物を漁り、菜園の小さな菜っ葉を摘まみ、飲み物ばかり飲んで、イライラしている私を見ていた娘たちがとうとう呆れて、私のためのifoodをオーダーした。

それでも、さらに2日は、空腹に耐えて頑張ったが、3日目の夕方、とうとう我慢しきれなくなり、ifoodに手をつけた。

数分もしないうちに体の奥から活力が湧き、なんとも言えない不思議なパワーが全身にみなぎるのを感じた。ワンダーウーマンじゃないが、今ならなんでもできそうな気がする。まわりを見ると、景色がスローモーションで再生されているようだ。

夕日がいつもよりゆっくりと沈んでいく。

そして、それが、やけに美しい。

なんだろう、この満足感は。

え?、うそ~!

まさか至福のときなのか?

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