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友よ、涙を拭いて一緒に遊ぼう

出会いは15年前にもさかのぼる。保護者会でお互い引っ越してきた同士挨拶を交わすと、うちが女の子三人に対してあちらは男の子三人。どうしてこう偏るんでしょうね、などと当時から話していた。

時を経て久しぶりに話すとうちもそれなりに子どもが巣立って行ったが、彼女のところも急激に家族の人数が減ってあの頃のあわただしさがウソのよう。

聞くところによると男の子は買い物に一緒にも行けず共通の話題もなく何一つ楽しいことがないと言う。こちらから見ると頼もしく思えるんだけど現実はそんなものかも。そしてしきりに女の子がいていいなと言う。いやいやそれは勘違い。今の時代女の子も男の子も変わりません。自分のことで精いっぱい。利己主義は若さの特権とばかりにこちらを顧みることはない。

私たちだって若いころどれだけ親のことを考えただろう。自分の勉強、自分の仕事、自分の恋愛、自分の結婚のことに明け暮れていた。

足で砂をかけるように出て行った?

そんな風に考えるとやりきれないことだろう。下の子のベビーカーを押しながら上の子が道路に飛び出しそうになるのを叫んで捕まえた日のことを話す彼女の目からはほろりと涙が…ほんと、そんなことが毎日だった。やけどしないか、変なものを口に入れないか、人に手を出さないか。あちらの息子さんは元気余ってお友達とけんかして何度下げたくない頭を下げたかとも言う。

全部終わったこと。何とか自分の足で歩いて行けることを目指して育ててきたはず。別の友人も空港まで息子さんに車で送り迎えしてもらうことをやっとこの日が来たと喜んでいた。何度息子を送り迎えしたことか、と。きっとそれも束の間で、結婚でもしようものなら親のことは後回し。それでいいのよね。

「自分一人で大きくなったような顔をして」

と言うのが私たち世代の共通の嘆きだけれどもそれをどれほど深刻にとらえるかで雲泥の差がある。そんなものよと余裕で笑える友もいれば、夜中に目覚めてさめざめ泣いてしまう友もいる。多かれ少なかれ子育てってこんなものだったのかというのはあるようだ。

夫婦仲がよいと落ち込みは少なく、そうでもないとダメージが大きいように見えるけれどもだからと言って泣いてばかりいても始まらない。ネットで暗いニュースばかり検索していたら時間がもったいない。そこ、深掘りするのはやめない?

そうだ、今度山歩きしようよ。ちょうど高尾山に行きたいと思っていたのよ。

彼女から見ると私は友人が多くていつも楽しそうらしいけど別にそうでもなくて、ピアノ弾いたり本を読んだりパンを焼いたり一人で遊んでいることがほとんど。それも楽しいけど四季を愛でに友人と一歩外に出てみよう。ちょうど感染症も落ち着いてきたことだし。日本の秋は美しい。

雨の10月初日になってしまいました。無事な一日でありますように。

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<ふるさと、大和の秋>

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