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あの日で私はジーンズをはくのをやめた

その山はたまたまペルーのマチュピチュのワイナピチュという山だったのだけど、それは高尾山でもふるさとの大和三山でもちっとも構わない。とにかく一生懸命頂上を目指してひたすら遅れを取るまいと歩を進めていた。娘には何の悪気もなく、その姿をカメラに収めた。ママの勇姿を残しておこうとしてくれたのだと思う。

夜の宿でその写真を見たとき、自分の後姿をじっくり見てこれを人目にさらしていたのかとしみじみ反省。旅行から帰って持っていた5本くらいのジーンズをすべて処分した。

私が幼い頃はまだ高度成長期で、健康優良児というのは褒められることであり、ダイエットはそんなに流行っていなかった、と思う。成長曲線は立派なものでまるまるとしていた私。通っていた学校は高校生からはジーンズで登校することが認められていた。かっこいい友人のジーンズに憧れていたけれどもとてもじゃないけど履きこなせない。そのころ何を着て私服で登校していたかあまり思い出せない。ただお金がかかった記憶はある。

時を経て子育て時代は365日のうち300日くらいはジーンズで過ごすようになった。3人授乳をして自分の脂肪が持って行かれたのか、それなりのサイズのものが入るようになり、動きやすく汚れも気にならず洗濯にも耐えられるジーンズが今度は私の制服のようになり、なんと便利なものかというのが30代、40代と続いた。吉田栄作さんのような白いTシャツとブルーのジーンズがもてはやされていた頃。

そしてペルーに行ったときは私は50歳を超えていた。50代にはイタいように思い始めていたがアメリカに住んでいたこともありTシャツ文化に染まり、止め時を伺っていた。そしてその日は突然やってきた。

ジーンズを履かなくなってワンピースやロングスカート、ゴムのパンツなどに替えたらあの毎日ジーンズを愛用していた日が遠く感じる。どれだけわき目も振らずに子育てをしていたのだろう。もっと年配でもかっこよくジーンズを履きこなしている方を見かけると憧れるけれども今の私には自分のクローゼットのラインアップの方がしっくりくる。

そろそろ衣替えも本格的になってきた。おしゃれな秋を過ごしたいと思う。それでもやっぱり白Tにジーンズは永遠だ。

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