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JAPAN⇄CANADA 1-5

いよいよコンクール当日がやってきました。私たちは福岡地区大会に出ました。吹奏楽の大会は地区→県→支部→全国と上がっていきます。場所によっては県からスタートの所もあるようですが。福岡の地区大会高校生の部は2日間行われます。それぞれ、1日の最終演奏校が終わった後、賞が発表されてます。そして県への推薦校発表は2日目の最後に行われます。この年の私の通っていた高校の演奏順は2日目の最後でした。そうなのです。なんと大会通しての最終演奏だったのです。演奏順は事前に顧問の先生が会議に出向きくじで決まるのですが、先生から報告を受けた時はみんなびっくり仰天でした。私たちの高校がまさか最後の最後に演奏することになるとは思ってもいなかったので、私も驚きました。最終奏者の演奏時間は遅い時間帯なので、演奏順が決まってからは本番を想定して本番と同じ時間に全体合奏と通し練習を何度もして、体と口を慣らしていきました。

当日はすごく緊張していました。それも学校で集合する時から。覚悟を決めて臨んだ大会だったからかもしれません。今までにないくらいに緊張しました。全員で会場の福岡サンパレスに移動をすると緊張が増していきました。会場内では、吹奏楽の大会恒例の挨拶祭りが起こっています。吹奏楽の大会会場では、通りすがりの他校生徒と(ほぼ)全員挨拶を交わすという謎のしきたりがあり、常に「こんにちは」を言わなけれないけないのです。正直面倒でした。そしてなんだか笑いそうにもなりました。

それはさて置き、いよいよチューニング室へ移動する時間になりました。パーカッション奏者とは少し早めに分かれて、他の奏者と指揮者(顧問の先生)はチューニングや最後の音出しを行う部屋に案内されます。パーカッション奏者はというと、ステージ裏にスタンバイして、演奏に使用する打楽器を移動させるのです。管弦楽器は流石にステージ裏では音出しができないのでチューニング室へ行き最終チェックを行うのです。私たちは1列に並び部屋へ入っていきました。最初は各々楽器を吹いて指ならし、口ならしをしながら音出しをします。そのあとパートごとにチューニングを行い、そして全体でチューニングを行いました。チューニングの後は基礎的な演奏、曲の出だしや、キーポイント確認と続きます。私達の顧問の先生が1番最後に指示することは大声で笑うことです。この指示が私は大好きでした。緊張したり、不安したりといったネガティブな感情が楽しいという感情に変わります。元気になって、「やろうじゃないの!」という気持ちになります。みんなで笑ったあと先生は
「いつも通りでいいからねっ」
とおっしゃっていました。他の競技でもそうだろうけれど、いつもより頑張ろうとすると空回りして失敗することはよくある話です。今までを信じてやるしかないのです。

ステージ裏で出番を待つ間、薄れていた緊張が少しずつ戻ってきていました。あとはもうステージに立って演奏するだけ。この時は引越しこことなんか頭にはありませんでした。とにかく楽しく、いい演奏をしたいと思っていました。前の学校が演奏をしている間、先生は1人ずつ部員に話しかけていました。もちろん私にも声をかけてくれました。先生はみんなに
「一人一人の目を見るから、目を合わせてね」
と言っていました。私も先生の指揮を、そして目をしっかり見て答えようと思いました。

ついに私達の番です。順番にステージに立ち指揮者を待ちます。最後の演奏というだけあって客席は超満員です。バレエを習っていたので発表会で人馴れはしていましたが、この人たちは自分達の演奏をどう思うのかと考えると緊張はもうMAXです。指揮者の指示で席に着きます。一呼吸置いて、先生の指揮棒が上がりました。楽器を構えて、一瞬の沈黙の後音楽が紡ぎ出されました。吹奏楽コンクールの演奏時間は12分以内と決まっています。練習では長く感じた時もあったけれど、この時は光の如く時間が過ぎていきました。あっという間に1曲目を吹き終わり、2曲目の演奏に入ります。暗譜しきった注意書きだらけの楽譜に時折目を向けながら、指揮棒とそして先生を交互に見つめます。先生が私を見たことに気づき私も先生を見ます。目が合った瞬間です。その瞬間顔がほころび、涙が溢れそうになりました。けれど笑顔と涙は奏者の敵です。口の形が変わり本来の音が出なくなります。うんと我慢し演奏を続けました。やっぱり12分はあっという間に過ぎていき、最後の1音がホールに響きます。先生が指示を出しみんな立ち上がり客席を向きます。どこからともなく拍手が湧きました。あれほどの拍手を浴びたことはそれまでありませんでした。そして、ここまで清々しく、達成感と感動に溢れた演奏になったのは初めてでした。自分達の精一杯を出し切ったと先生含め部員全員が感じたのでした。

ステージを降りて急いで写真撮影の場所に向かいます。吹奏楽コンクールでは、プロのカメラマンによる写真撮影が恒例であり、そこで各々好きな(定番)ポーズを取って写真を撮ってもらいます。写真を撮り終わったあと、急いで楽器をしまいホールの中へ入ります。結果発表の時間です。2日目の第1番から順に賞が発表されます。もちろん、私達の結果が発表されるのは最後です。他校の歓声や落胆の声の中順番を静かに待ちます。
「58番博多青松高等学校、

銅賞。」
その瞬間どう反応したら良いのか困りました。個人的には銀賞が取りたかったのでこの結果にはがっかりでした。そして、それと同時に他の部員や、先生に申し訳ないという気持ちが込み上げてきました。私は本当に最善を尽くしたのか。もしこれが最後のチャンスになるのならどうしてもっと頑張れなかったのか。悔しい気持ちでいっぱいになりました。吹奏楽コンクールに馴染みのない人は銅賞ってすごいんじゃ?って思うかもしれませんが、銅賞はどべの賞なのです。どの団体にも、金銀銅のいずれかの賞が与えられるのです。そして、次の大会へ推薦されるには金賞が必須です。金賞を取っても次へ進めない金を「ダメ金」なんて呼びます。とにかく私達の学校はどべの賞しか取れない弱小校なのですが、この大会で改めて全然ダメなことを痛感しました。

コンクール会場では、その日の演奏のCDを買うことができます。私も予約していたので、その場で受け取り家に帰りました。この日の帰りの電車や、家でのことは一切覚えていません。でも帰って聴いた演奏はやっぱりヘタで、
「あーこれなら銅賞でも納得やなー」
と思ったことは覚えています。

こうして人生で最初で最後のクラリネット奏者としての吹奏楽コンクール高校の部は幕を閉じました。

-つづく-

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