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ビッグナイト・幻のティンパーノ

旦那の実家は家族経営の小さなレストランをやっていた。そのせいか(いや絶対そのせいなのだけれど)、どうも中華料理屋やインド料理屋など、いかにも移民による家族経営零細企業のレストランを見ると、ちゃんと客が入っているか気になってしまう。

特に西海岸と比べてアジア人がマイノリティであるワシントンDCに住んでいた頃は、美味しいのにお客があまりいない、という移民系のレストランに時々遭遇することがあった。

近所にも、素材や火の使い方が素晴らしい、この店には炎の料理人がいるに違いない!と感動的な中華をだすのに、店内はいつも閑古鳥、お客が全く入っていない、という店があり、旦那も私も気になって仕方なかった。

特にYelpなどネットの口コミサイトがまだ広がっていなかった時代、そういう店を見つけると私達はまるでチャリティのようにせっせと通ったりしたものである。

結局気にしていた中華料理屋の閑古鳥はなきやまず、その店は別の中国人一家に買い取られ、どうしようもないギトギトの料理を出すひどい店に変わってしまった。

不思議なことに、ギトギト中華料理店は学生や、そこらへんの店やオフィスで働くアメリカ人に利用され、なんだかんだいってかなり続いていた。アメリカ人の味覚なんて結局そんなものなのね、と悲しくなるのだった。

場所によってはインド料理屋が3軒、隣同士で並んでいるという、不思議な立地条件でやっているところもあったし、中華料理屋となると、サンフランシスコでも郊外に引っ越した今でさえ、徒歩圏内に6軒もせめぎあっている。

もちろん競争という点では東京のような大都市ほどではないだろうけど、特に父ちゃんの料理の腕一本で移民一家が支えられている世界をよく知る我が家にとっては、繁盛していないレストランほど、見ていて切ないものはないのであった。

そんな移民二世の我が家のお気に入り映画の一つが「Big Night」。日本でのタイトルは、「ビッグナイト・リストランテの夜」。ニュージャージーの片田舎でレストランを経営するイタリア移民兄弟の物語。

ちゃんとしたイタリア料理をだす彼らのレストランは、味覚音痴のアメリカ人には解ってもらえず閑古鳥。

エビのリゾットを注文してみた客は一口食べて「これ、スパゲティーはついてこないの」。「そんなものは無い!しかも炭水化物の後に炭水化物を食べるっていうのか!」と職人気質の兄逆上。

一方ライバルレストランは、スパゲティーミートソースだ、ミートボールだと、「アメリカ人の味覚にあった」ギトギトレッドソースのイタリア料理を出して大繁盛。彼らの厨房を覗いて「あれは食べ物に対するレイプだ!!」と憤慨する弟。

閑古鳥のレストランを救うために、彼らはライバルレストランのオーナーの薦めもあり、ある晩一大パーティーを開くことになる・・・というのが映画の筋。

夢を持ってやってきたものの、なかなかアメリカになじめない頑固な兄と、もうすこしフレキシブルにやりたい弟。そして葛藤しながらも、二人で力をあわせて最後の「Big Night」で作られるものすごいご馳走、そして宴の後の何ともいえない静かなエンディング・・

と、とてもオススメの映画・・・なのだけれど、我が家ではなんだか身につまされながら見ている、というのが本当のところかもしれない。

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さて、もう何年も前になるけれど、この映画をテーマにしたランチパーティーを開催したことがある。

仕事の関係上とっていたプロジェクト管理のクラスで、何かプロジェクトを実際に遂行せよという宿題が出たため、面倒なので映画をもとにディナーパーティーを提案したところ、クラス内で賛同者が結構出たので、人のお宅を借り、テーブルセッティングから招待状から料理から色々手分けして遂行することにした。

レストランの話だから、映画には食べ物もたくさん出てくる。この映画の監督もつとめた主役の一人スタンリー・トゥッチのママが、映画に出てくる料理の監修をしていて、料理本も出ていたりする。

この映画に出てくる食べ物のレシピをかき集めて、3コースのランチをみんなで仕上げた。

前菜は、トマトとモッツアレラのサラダ。そしてナスやトマト、セロリなどを煮込んで、ワインビネガーと砂糖少々で味付けした「カポナータ」。見た目はイマイチだけど、かなりおいしい(写真がピンぼけすみません)。

エビのリゾットも作成。スパゲッティミートソースしか知らない味音痴のアメリカ人の客が、なんだかよくわからないままこのリゾットを注文して、「これスパゲッティついてこないの?」と文句を言う、あれ。

海老は中華街で2キロを1,000円ほどで購入、海老の殻とお野菜をことこと煮てスープストックを作り、このスープで米を煮てリゾットにした。

さて、この映画をパーティーのテーマに選んだ理由・・それは、この映画をみてずっとずっと食べてみたい、と思っていた憧れの料理があったから。

その名も伝説の料理「ティンパーノ」。

パスタやミートボール、ハムにチーズ、ゆで卵にトマトソースといった、ある意味残り物の材料を、パイ皮をしいたタライぐらいの大きさの型につめ、焼き上げる巨大料理。焼きあがった形がティンパニーみたいなので、ティンパーノというのだそう。

映画では、お客様をもてなすために伝説のティンパーノを焼く、というシェフの兄に、びびる弟が「そんなの無理だ!やめとけ!」みたいな感じで止めにはいる。

焼きあがって型から取り出したティンパーノを、兄弟がおそるおそるなでたりさすったりたたいてみたり、においをかいだりしているシーンはちょっと笑える。いろいろなものをつめたティンパーノをスライスするときの切り口といったら!これはもう映画を見てみてください。

粉と卵を混ぜて皮を作り、大きな洗面器の代わりに、型は中華なべを代用。映画では、中に詰めるパスタやミートボールもすべて手作りしていたけれど、ここでは出来合いのものを放り込んで、オーブンで焼き上げること1時間。

じゃじゃーん!これが、幻の「ティンパーノ」

切り口も映画と一緒!!

ちょっと炭水化物過多だけど、エビのリゾットと一緒に。

デザートは、ズコットと呼ばれるケーキ。中にはオレンジピールやチョコレートチップの入ったクリーム。これにジェラート2種を添えて。

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伝統に則った本格的な料理を提供するのか、その土地の味覚に合わせて、元の形は見る影もないような料理を提供するのか。

夢と理想を持ってアメリカにやって来たビッグナイトの兄弟は伝統を曲げないことを選び、彼らのライバルや、うちの両親達は、成功すること、家族を養うことを第一に、迷わず「味音痴の」アメリカ人に合わせた料理を出した。

どちらが正解かどうかというのは無いと思うし、どちらも食・料理に対する愛情(または執着・・)は、形は違うかもしれないけれど、同じぐらいの熱量を持っていることも経験から知っている。

こういう移民による両極からの積み重ねもあって、今少なくともアメリカ都市部の人達は、昔私達が思っていたような「コーラにピザにハンバーガーばかりの、味音痴なアメリカ人」ばかりではなくなっている。そのことは、みんなでティンパーノを撫でたりさすったりしている時に、ちゃんと感じたのであった。


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