彼女のことが嫌いだった。
同じ職場で働く新人。彼女はいつも元気で笑顔を絶やさない。私に対しても礼儀正しく感じよく振舞う。でも私はその愛想のよさに嘘を感じてしまう。
「年齢が近い先輩が職場にいてくれると心強いです!」
彼女は満面の笑みで私に言う。その言葉を嬉しいと思いながらも、やはり疑う気持ちが出てきてしまう。本当にこれは彼女の本音?
彼女は部長に飲み会に誘われて、飛び跳ねて喜ぶ。でもその後で私に、
「付き合いも疲れますよね。なるべく早くに切り上げてきます」
と小声で言う。用事があって飲み会に参加できない私を気遣っての発言? でもさっきあんなに喜んでいて、その数秒後にこんな台詞を言える心理が理解できない。
彼女は気難しい女チーフのまわりを飛び回る。
「チーフ、お茶いれましょうか?」
「チーフ、コピーは先にとっておきました」
「チーフ、後の片付けは私がしますので、お先にあがってください」
持ち上げられて、おだてられて、チーフも満更ではないようだった。
犬みたい。
ふと思った。甲高い声できゃんきゃん言いながら、愛嬌を振りまくその様子が、犬みたいだと思ったのだ。そう、何が嬉しいのかノーテンキに尻尾を振っている犬に、彼女は似ている。
私はどんなに調子のいいことを言われても、彼女のことが信用できなかった。犬になんてだまされるものかと思っていた。
ある朝、出勤すると、彼女が欠勤していた。
「弟さんが亡くなったんだって」
同僚に教えられた。
お通夜に向かう途中、上司が今まで聞いたことがなかった彼女の話をしてくれた。
彼女は幼い頃に両親に捨てられ、弟とともに施設で育ったそうだ。5歳下の弟は身体が弱く、そのこともあって学校に行ってもからかわれたり、いじめられたりした。彼女はそんな弟をかばって、自分がいじめの標的になってしまうこともあった。中学校を卒業して働き始めた彼女は、貯めたお金で弟を高校に進学させた。
「私も高校に通いたかったけど、仕方ないです。勉強は弟に教えてもらえばいいやって思いました」
彼女は上司にそんなことを言ったそうだ。
この世にたった2人だけの肉親。他に守ってくれるものは何もない。互いに励ましあい、支えあい2人は生きてきた。
弟の死は突然だった。その夜、「今日は疲れたから早めに寝るよ」と言って眠ったきり、二度と目を覚ますことはなく、彼女が気付いた時にはベッドの中で冷たくなっていたそうだ。
お焼香の際に、挨拶をするため目をやると、親族席にポツリと彼女が座っていた。真っ白く無表情な彼女は、まるで知らない人のようだった。
彼女が私のほうを見た。でもその瞳に私はうつっていない。守るべきものを失った彼女は、もう犬ではなかった。
彼女はもう飛び跳ねない。愛嬌も振りまかない。私は深く頭を下げてから、お焼香をした。
ちぎれんばかりに振っていた尻尾は、もしかして外敵から身を守るための彼女の刀だったのかもしれない。
了
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