見出し画像

コメは地球を救う

 5、4、3と父ちゃんがカウントダウンを始めた。
「ちょっと待って!」
 母ちゃんが金切り声をあげ、父ちゃんは安全装置を外す手を止めた。


 俺が小学生になる頃、父ちゃんは重大な任務を担った。

 散歩をしていたら、突然目の前に円盤が現れ、中から出てきた宇宙人に、”ひと押しで地球を破壊させるボタン”を手渡されたのだそうだ。

 次の瞬間には宇宙人も円盤も消えていたが、父ちゃんの手の平には、小さな円盤の真ん中にボタンがついている装置がしっかりと握られていた。

 その日以来、夜ごと宇宙人が夢に現れ、父ちゃんに地球の様子を報告するよう求めてきて、地球が限界にきたら渡した”自滅ボタン”を押すようにと念を押された。

 父ちゃんは地球のあちこちで起きている難しい出来事なんて知らなくて、夢に現れる宇宙人に報告するのは、もっぱら我が家のことだった。

 俺がスカートめくりをして両親が学校に呼び出されたこと。母ちゃんがパート先でアルバイトの男に言い寄られたこと。俺が落第点をとって留年ギリギリになったこと。

 報告を受ける宇宙人があまりにも深刻なリアクションをするせいで、これらはとてつもなく不幸な出来事のように父ちゃんの記憶に刻み付けられていった。

 陽気だった父ちゃんは陰気な男になり、俺は父ちゃんの笑いを取り戻すために芸人になった。

 ところが、状況は更に悪化した。

 父ちゃんは全く売れない芸人である息子の生活ぶりについて、また俺の見事なすべり具合について宇宙人に報告した。

 最悪の事態だと受け止めた宇宙人は、「地球はもう限界だ」と判断した。そして父ちゃんに、ボタンを押すようにと命令したのだ。


 金切り声で父ちゃんを止めた母ちゃんは、
「どうせ終わりなら、最期においしいものでも食べましょう」
 そそくさと台所に行って、戻ってきた。

「久しぶりにどうぞ」
 母ちゃんに差し出されたものを父ちゃんが神妙な様子で口にした途端、奇跡が起きた。暗い顔に赤みが差し、目尻が垂れ、みるみるうちに幼い頃に見た陽気な父ちゃんに戻ったのだ。

「結婚前のデートの時に食べたのと、同じ味だなあ」

 俺はすかさず、父ちゃんが手から離したボタンを、窓から外に捨てた。

 一瞬のことだったので俺しか見ていなかったが、円盤が現れ、キノコみたいな宇宙人が出てきて、「ちぇっ」というふうに口をとがらせるとボタンを持って消えた。

 俺は安堵して、笑顔の両親と一緒におにぎりを頬張った。うっめえ!


Copyright(C) MOON VILLAGE. All rights reserved.

ご覧いただき、ありがとうございます!楽しんでいただけたら、スキしてもらえると、テンション上がります♡