キオク
小学校のとなりにあるスーパーの前には小さな砂場やブランコがあって、私は学校の帰りには必ず立ち寄った。
小学校に入ったばかり。
背中に乗せたランドセルは、自分の体より大きかった。
手にはビニール袋。
給食で食べられなかった食パンが入っているのだ。
なんでそんなことを始めたのかは覚えていないが、そのパンを、チビまりは広場にいる沢山の鳩に毎日あげていた。
最初はちょっとずつ、ちぎったパンを地面にパンを落とす。どんどん鳩が集まってくる。鳩がパンをつついているのを眺めるのが面白かった。
やがて私が広場に入って行けば鳩が集まるようになった。
そしてそれはだんだんエスカレートしてゆき、ついに体のあちこちにパンのカケラを置き、私は鳩を全身にとまらせるようになった。
頭、肩、背中、両腕、手のひら、足もとまで。手を大きく開き、たくさんの鳩を身にまといながら立っていた。
楽しくて嬉しくて、何故か幸せだった。おそらく、頬を赤くしながら笑っていたと思う。
私だけの秘密。
毎日毎日、給食のパンを残して鳩に会いに行った。
でも、この楽しい時間は突然終わる。偶然、そこに母が通りかかったのだ。
両手を広げ、恍惚の表情で頭の先からつま先まで鳩に埋もれる幼い我が子。悲鳴なのか絶叫なのかわからない大きな声をあげ、母は私と鳩のもとに突撃してきた。
「何してんのっ!」鬼のような顔をした母に力いっぱい手を引っ張られ、そのままズルズルと引きずられながら家に帰ったのだった。
鳩は可愛いかもしれないけれど、バイ菌がついたら私が病気になってしまうかも知れないと。そして、もうパンをあげてはいけない。触ったり近づくのもダメだと。
そんなに叱られると思わなかったので、ずいぶんびっくりした。
より道がつまらなくなった。
あれからもう鳩にパンをあげたりはしていない。
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