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なぜイギリスでオンライン診療が拡大したのか考えてみた

はじめまして!マーガレットこどもクリニックの米田ゆきです。今年2月に公務員を辞めて、今は当クリニックの企画運営に携わっています。

クリニックでオンライン診療を進めるためにあれこれ調べていて、「そういえば他の国のクリニックはどうなっているのかな?」と思って検索していました。

すると、「イギリスでは、10年間分のオンライン診療革命がたったの1週間で行われた」という内容の気になる記事を発見。これは気になるっ!

↓The New York Times “Telemedicine Arrives in the U.K.: ‘10 Years of Change in One Week’”

というのも、私は10年ほど前、イギリスに2年間留学していたことがあって、イギリスの医療にもちょっとお世話になったことがあるのです。

そのときの体験や見聞きしたことを混じえて、なんでイギリスでコロナを機にオンライン診療が広まったのか自分なりに考えてみました。
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【イギリスでは「かかりつけ医」に登録し、無料で診察してもらえる】

私が住んでいたのはイギリス中部のノッティンガムという町。

デザイナーのポール・スミスの出身地で、裏通りに「ポール・スミス」第1号店があります。
人口の10%が学生という学生の町で、広大な美しいキャンパスを有するノッティンガム大学があり、私はそこの大学院で1年間過ごしました。

イギリスでは、地域にGP(General Practitioner:一般医)と呼ばれる「かかりつけ医」がいて、みんなその「かかりつけ医」に登録する必要があります。

これで、なんと無料で診てもらえるのです。

ノッティンガム大学のキャンパスの中にも「かかりつけ医」がいて、生徒たちはみんな「かかりつけ医」に登録することになっていました。登録すれば留学生も無料だなんて、太っ腹!

【実際に「かかりつけ医」に診てもらった】

私も「かかりつけ医」に1回だけ診てもらったことがあります。

数日間腹痛がひどくて、渋々キャンパス内の「かかりつけ医」のところに行きました。外国人の医師に診てもらうなんて初めてだし、なんか緊張してしまって。

診察室に入ると、優しそうな男の医師が座っていました。
横には研修医らしき若い女性。

私がたどたどしい英語で自分の症状を説明すると、医師は、腹痛の原因や症状がまとめられた資料を私に手渡して、指差しながら、「あなたの症状はこれかな?」「生のものとか食べてない?」とか丁寧に確認してくれました。

その後、「この子、研修医なんだけど、練習も兼ねて触診させてもらっていい?」と聞かれ、研修医と医師の2人でお腹を触診してくれました。

最後に、念のために血液検査。

投薬はなし。

「そうか、お腹痛いんだけど、薬はもらえないのか。。。」と思いながら帰宅。

・・・

そして、数日後、クリニックから携帯にショートメッセージが届きました。

「血液検査の結果は異常なしでした。大丈夫でしょう。」と。

え?メールで終わりなの?
日本だったら、検査結果聞くために受診するよ?

でも、このときメールでも十分だと思いました。日本の医師もみんなそうしてほしいと。

【国がコントロールするイギリスの医療】

イギリスに住んでみて、初めて日本の色々なサービスの素晴らしさに気づきましたが、医療サービスもその一つ。

日本では、自分が行きたいクリニックを受診できるし、大病院で診てもらいたいときはクリニックにお願いすれば紹介状を書いてもらえるし、紹介状がなくても5,000円~8,000円くらい支払えば大病院を受診できます。

腹痛でクリニックに行くと、胃腸の収縮を抑える薬、痛みを抑える薬など複数の薬を処方してくれるし、「心配なら胃カメラ飲んでおきます?」って言われます。
湿布とかも、お願いすればたくさん出してくれますよね。それはどうかと思いますが。

日本人はこれが当たり前で過ごしていて、恩恵を感じることもないと思います。

でも、これ、イギリスでは全然当たり前ではないです。

まず、イギリスはフリーアクセスではありません。
自分でクリニックを選んで行くのではなく、まずは登録している地域のかかりつけ医を受診する必要があります。大病院で検査を受けたくてもかかりつけ医が必要と判断しなければ紹介状も書いてもらえません。

風邪や腹痛で辛くて受診しても、投薬がないことはザラ。

イギリスで医療を受けた日本人の方々のブログを見ると、

「お腹が痛くて辛いのに、かかりつけ医の予約が2日先しか取れなかった。しかも、受診したのに薬も出してくれなかった。」

「大きい病院で検査を受けたいと言ったのに、紹介状を書いてくれず、『様子見だね』と言われた。」

という内容がありました。

ちなみに、私の知人がイギリスで出産したときのこと。
夜8時頃陣痛が始まって、病院に連絡したら、「陣痛が10分おきになるまで家にいなさい」と言われ、我慢して夜中に急いで病院に行ったそうです。そして、すぐに無事産まれたのはいいけど、数時間後の明け方に「もう家に帰れるわよね?」と言われて帰されたそうです。

イギリス、容赦なし(笑)。

なんでこういうことになるかというと、私の推測では、国が運営を管理しているから。

イギリスの医療サービスはNHS(National Health Service)と呼ばれ、保健省(日本の厚生労働省に当たる役所)がNHSの政策を策定し、事業運営を管理・監査しています。そして、地域ごとにCCG(Clinical Commissioning Group)というNHSの運営主体が置かれ、地域のかかりつけ医がそのメンバーになっています※1。

つまり、「保健省→地域の医療運営機関(CCG)→かかりつけ医」という大きなピラミッドのような組織で徹底管理されているイメージです。

お金もこのピラミッドの上(保健省)から下(かかりつけ医)に支払われるのですが、無駄なお金の使い方(無駄な投薬や検査など)をしていないか等チェックを受けます。

なので、かかりつけ医は、投薬するかどうか、大病院に紹介状を書くかどうかなどを慎重に判断しなければいけないのです。日本の医師と比べると、ちょっと窮屈そうですよね。

【ピラミッド型医療組織がオンライン診療拡大に威力を発揮】

そんなイギリスで、コロナ禍でオンライン診療が拡大しました。

かかりつけ医にとっては窮屈そうなこのピラミッド型医療組織が威力を発揮したようです。

まず、今年の3月、かかりつけ医らに対して、対面診療からオンライン診療への切り替え指示が出ました。このトップダウンは、日本では想像できない。。。
https://www.nytimes.com/2020/04/04/world/europe/telemedicine-uk-coronavirus.html

その後、AccuRxという企業が、ビデオ通話によるオンライン診療の機能の提供を開始。このツールを介して今年4月中旬までに合計40万件を超えるオンライン診療が行われ、1日あたり平均3万5千件のオンライン診療が行われているそうです。
https://www.healthtechdigital.com/uks-technological-response-to-the-covid-19-health-care-crisis/

コロナ前はほとんど普及していなかったイギリスのオンライン診療が急拡大したのは、そういうことだったか。。。と腑に落ちました。

【日本政府も規制緩和をしたが・・・】

イギリスでオンライン診療への切り替え指示が出された頃、日本政府がやったことは、「コロナだから今は特別に初診からオンライン診療しても良いよ」という時限的規制緩和。

規制緩和前は、初診の場合(患者さんが初めてその医療機関を受診する場合や、2度目以降であっても、新たな症状等で受診する場合)は対面診療が原則で、再診の場合のみオンライン診療がOKでした。この規制緩和で、当面の間、初診の場合もオンライン診療が認められたのです。

そして、これに対応している医療機関の数は今年7月末時点で約1万6千で全体の約15%のみ。
初診からのオンライン診療・電話診療の件数は、5月の1か月で約9,700件。6月は約5,800件に減ってしまいました。

初診からのオンライン診療等の件数なので(再診がカウントされていないので)、実際より少ないのでしょうが、それにしても日本の1か月分の件数がイギリスの1日分にも全く届かないのは、とても残念です。

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【私たちがオンライン診療を進めたい理由】

マーガレットこどもクリニックでは、オンライン診療を進めるためにはどうしたら良いか日々議論をしています。

なぜ私たちがオンライン診療を進めたいか。

もちろん、コロナ禍で患者さんの数が減る中、経営を維持するためというのもあります。でも、私たちが真に目指しているのは、オンライン診療が当たり前の世の中です。

「オンライン診療では診断が難しいのではないか」、「重大な病気を見逃すのではないか」といった懸念の声がたくさんあるのはわかっています。イギリスでもそういう声はもちろんあるそうです。

だけど、オンライン診療で助かる人たちもたくさんいるはず。

オンライン診療が当たり前になれば、僻地の人、病気や障害で外出が難しい人、多胎児の親、障害児の親、仕事が多忙な人・・・などなど、何らかの事情で医療機関まで行くのが大変な人たちが、気軽な気持ちで医療を受けられるようになります。

数年後、オンライン診療が当たり前になっていたら嬉しいです。

ちなみに、小児の場合、皮膚のトラブルでオンライン診療が利用されるケースが多いようです。厚生労働省の検討会資料では、10歳未満は「湿疹」がオンライン診療利用疾患の1位(全体の22.7%)となっています。

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【今後の国の動きに期待!】

厚生労働省は、「オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会」において、オンライン診療の状況(医療機関数、オンライン診療件数、禁止している向精神薬処方の有無、オンライン受診した診療科など)を調査し、今後の方針を検討しているところです。

政府では、初診からのオンライン診療を恒久化することについて議論が始まっていて、今後の動きに期待です※2!

でも、「初診からやってもいいよ」というスタンスではなく、国としてオンライン診療をグイグイ進めていくんだという意思表示が必要だと思います。

これからも、オンライン診療、ワクチンの情報や私たちの思いなどを発信していきますので、読んでいただけたら嬉しいです!

※1 国立国会図書館 調査及び立法考査局 前 社会労働課 伊藤 暁子「イギリス及びスウェーデンの医療制度と医療技術評価」    
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8328287_po_075305.pdf?contentNo=1

※2 日本経済新聞「初診オンライン恒久化検討 政府、年内めどに具体策」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59311860Z10C20A5PP8000/

(注)テキスト内の図表は「令和2年4月~6月の 電話診療・オンライン診療の実績の検証について」(令和2年8月6日 第10回オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会の資料2)から抜粋しています。
https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/000657020.pdf





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