Tony Manero(2008)


『ジャッキー』や『NO』で今を時めく、パブロ・ラライン監督。
52歳のラウールは、サンティアゴの下町にあるショーパブにて「トニー・マネーロ」の芸名で活躍するパフォーマー。『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョン・トラヴォルタを崇拝して街の名画座で繰り返し鑑賞し、英語も喋れないのにセリフを暗記しようとする。パブでは彼そっくりの衣装でパフォーマンスを完成させようと試み、ダンサー仲間や、パブの主人、家族に対して無理難題の要望を突きつけ、片っ端から知人の女とヤりまくり、自分には向かえば暴力を振るう暴君として君臨している。映画は彼がテレビの素人企画でトラヴォルタのそっくりさんコンテストに出場するまでの数日が描かれる。
 冒頭に、ピノチェト政権のニュース番組を見ているおばあさんをラウールななんの脈絡もなくぼこぼこにするシーンがある。背景にはサンティアゴの寂れた街と、ピノチェト独裁の恐怖、暗い現実から市民の目をそらすためのアメリカから輸入されたポップカルチャーがあり、ラウールがピノチェトのアレゴリーというほどストレートな筋ではないが、暗い政治的背景とポップカルチャーへの変質的な逃避に耽る男を冷めた目線で描くブラックコメディになっている。
撮影のタッチとしては彼の後ろをカメラが付いて歩く密着ドキュメンタリー形式で、彼を立てていると思いきや、道化に仕立て上げる、リアリティ番組のような意地悪さがある。
 ゼロ年代にはこういう意地の悪いユーモアと政治風刺が確かに流行ったし、南米にありながら、ジェシカハウスナーやクリスティアンベルガーのようなハネケフォロワーの作家のような陰湿さは日本でもそこそこウケそうだと思った。
 最後のダンスシーンはぶつぎりにカットされ、必死に踊る彼の顔を暗く冷たい光の下にさらす。ステップもリズムも見えない。かわいそうだなと思った。

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