タクシー

あまいですか

やられっぱなしでは気が済まない

去年の秋の夕方。仕事場の近所にあるスーパーで弁当を買い、そこのレンジでチンしての帰り道、外国人の親子に呼び止められた。

片言の英語で「駅はどこですか?」

説明しようと思ったが、理解して辿り着くまでの時間と弁当が冷めるまでの時間、どちらが先か考えた末、二人を山手線の駅まで案内することにした。

子どもの方がかろうじて英語を話せたので、その日、中国からやって来たばかりだとわかった。初めての日本。これから原宿に行きたいという。

データによると、去年、日本を訪れた中国人の5人に3人は初来日。日本には名所が山ほどあるけど「まずは原宿」って、駆けつけの一杯みたいだ。

駅まで徒歩数分、親子の前を歩きながら「道案内以上のおもてなしは何かないかなぁ」と考えていたら、あることを思い出した。

学生の頃、アルゼンチンに行ったときのこと。ブエノスアイレスに着いたばかりの夕方、レストランを目指し、街なかでタクシーを拾った。

実は、アルゼンチンを訪れる直前、ブラジルに1年いたのだが、タクシーには人一倍気を使っていた。外国あるあるの “プチぼったくり”

遠回りされたり、料金メーターより高い金額を請求されたり、お釣りをちょろまかされることがある、と、事前にインプットされていたから、リオのカーニバルでは、会場から宿に帰る際、並んでいるタクシーに片っ端から料金を訊いて回った。

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たとえば、日本で引越業者を利用するとなると見積もりをとるが、せいぜい2~3社くらい。だけど、カーニバル会場から乗るタクシーを選ぶだけなのに、10台くらい相見積もりを取った。実際、最安値と最高値の間には3倍くらいの開きがあった。

それから、サンパウロでタクシーに乗った時のこと。当時にしては珍しく年式の新しい車だったので「新しいのもあるんだぁ」と、ぼーっと前を見ていたら、ある瞬間にハッとさせられた。料金メーターの上がるピッチが急に速くなったのだ。一瞬目を疑ったが、よ~く見ていると運転手がアクセルを急に踏み込んだ時にその現象が起こった。タクシーの料金って、普通は距離と時間で計算するものだろ?これってエンジンの回転数連動型なのか?やっぱ新しいのは違うなぁ…

と、ブラジルのタクシーでは、いつも緊張していたせいかアルゼンチンでもタクシーをつかまえる瞬間からドキドキしていた。

行き先の住所を見せて、タクシーは走り出す。運転手は、フレンドリーに話しかけてくる。「どこからきたの? 初めて? ブエノスアイレスはどうだい?」こっちは片言のスペイン語で受け流しながら、気持ちは料金メーターにいっていた。

10分もしないうち目的地に到着。アルゼンチンの通貨で払うのは初めてだし、いくら請求されるかドキドキした。私が財布を出すと、運転手は「いいよ、いいよ、今日はボクのおごりだよ。ウェルカムトゥアルゼンチン!」と言った。はぁっ? なんだか拍子抜けしつつ、料金メーターは見えていたので、「いや、それはマズいっすよセンパイ、ジブン払いますよ」と、紙幣を出そうとした。それでも運転手は「夕食を楽しんできて!」と頑なに受け取らなかったので、ありがたくおごっていただいた。まさかのこっちがプチぼったくりだった。

あの時の驚きは、自分にとって人生のプチサプライズ・ベスト3に入るほどだったので、話を戻すと、去年秋に中国人親子を近くの駅まで道案内したとき、初アルゼンチンでの出来事が鮮烈に甦ってきた。

「アルゼンチンでの仇を討つチャンスが来た」

山手線の駅につくと、私は原宿までの切符を2枚買って親子に渡した。親が財布を取り出したので「いいですから、さぁ、改札機に切符を入れて」と促し、二人が改札を通ったところで大事な一言も添えた「う、ウェルカムトゥジャパン」

親子は、申し訳なさそうに「サンキューサンキュー」と、何度も頭を下げてホームの方へ消えていった。私は、二人を見送りながら、アルゼンチンでの仇を討てたことで悦に入った。スーパーのレンジでチンした弁当は冷めかかっていたけど、心はホットだった。しかし、帰りの道すがら、親子の後ろ姿を思い出しながらハッとした。

二人が消えていったホーム… 原宿方面と反対側だ。

おもてなしの詰めが甘かった。


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