走る関係のことよりまずは『お前誰やねん!』を解消します。
こんにちは。
市民ランナー高速化プロジェクトでひっそりと裏方をやっております
外村 翼(ほかむら つばさ)
です!!
九鬼さん、竹澤さんと名前が並んでおり、非常に恐縮ですが
お前誰やねん!!
となっている方がたくさんいらっしゃると思いますので、自己紹介させてください・・・。
~走ることを始めた”きっかけ”~
幼稚園?くらいの時に、たまたま見ていた
アトランタオリンピック 女子マラソン
有森裕子選手の激走、そしてゴール後のインタビューに幼心ながら衝撃を受け
走ってみたい!
と思い市民ランナーだった父について走り始めました。
ただ、人と競ることが嫌いだった私は、沿道の人に手を振りながらいつも後ろのほうを走っていました。
数年後(小3くらいだったかな?)、大会のゲストランナーで来られていた有森裕子さんとたまたまお話する機会ができ、父が「この子は有森さんに憧れて30回くらい大会にでたんですよ」というと、有森さんがしゃがんで私に視点を合わせてくれ
「私よりすごいね!」
と言って頂いたのは恐らくこれからも一番の思い出として残り続けます。
そんなこんなで小学校卒業までに100回ほどの大会にでていたにも関わらず、人と競ることが嫌いだったので中学はテニス部を希望(当時はテニスの王子様が流行)しましたが、あまりに人が多かったので消去法で陸上部へ・・・。
~競技の世界へ~
中学陸上部に入った当時はやはり試合でも手を振りながら走る有様。
中学2年頃よりようやく競技に目覚め始め、気が狂ったように走り始めました。
部活帰宅後も自分で3kmTTなどを公園にしに行きました。
走れば走るほど記録が伸びることがとても楽しかったのだと思います。
中学ベストは3000mが9分43秒と大阪府下で考えると平凡でしたが、奇跡的に大阪一の清風高校からお声がけいただき、あえて厳しい環境のなかで競技を続けることを選択しました。
9分43秒近いペースでペース走をする環境の中に入ると、日々のジョグについていくことも精一杯です。
やはり3年という限られた時間の中で「全国高校駅伝」に出るための力をつけるためには、人の倍やるしかないと毎朝12kmのペース走を行いました。
(若いから?)そんなに疲労もたまらず、やればやるほど記録は出せるようになり、高校2年生でその夢を叶えることができました。
3年生では主将というプレッシャーもあり約半年スランプに陥りましたが、ギリギリのところで間に合い、区間一桁で終えることができました。
中学ではあまり考えたことのなかった
「逆算して計画を立てる」
「自分だけではなく、周りの選手を見る」
ということは今現在にも、とても活きている経験です。
~伸びねぇ!!~**
やはり、あえて苦しい環境に身を置くことが好きだったので、14分55秒というこれまた関東に入ると厳しいベストタイムでしたが、箱根駅伝に憧れがあったのと
自分の身体はどこまでのタイムが出せるのだろう
と、日本大学へ行きました。
ここで一つ余談ですが、高校のころから「ある程度やりきったら市民ランナーになりたい」とずっと思ってました。
当時流行っていたホームページのプロフィールにと書いてドンビキされたのを覚えています。笑
大学はもっと厳しい世界で、僕からしたら毎日(出たことないが)インターハイで走っているような状態。
やはりそこで差を縮めるためにまた考えたのが
いっぱい走ろう
でした。
特に夏休みは、ポイント以外の日は朝夕25kmずつ、合宿で朝4時間jog 夕20kmペーラン
とりあえず走り倒しました。
大学ではそれは結果として付いてきませんでした…。
ケガはほとんどなく練習回数と距離はチームでも上位だったような気がしますが、今思えばまったくもってアホでした。
自分の身体の状態を分からないまま、ひたすら走り続け疲労を蓄積し、大切なポイント練習やレースで何もできないまま終わる、その繰り返しでした。
むしろ市民ランナーになった今現在の方が、限られた時間で走るので一回一回の練習を大切にするために、自分の調子や体調とよく向き合い
「今日の練習はどうこなそう」
「次のレースまでにこのような感覚にしよう」
と考えている気がします。
ある程度の記録まではめちゃくちゃ走った分、記録に表れますが
壁にぶち当たった際に、工夫できるかできないかでその先にいけるか
これは最近よくわかってきました。
僕は大学陸上は、典型的な後者でした。笑
当時に戻って色々言ってやりたいです笑
もう箱根などを諦めた時期から、市民ランナーになるため練習はひたすら続けました。
なので今に至るまで引退(ブランク)を得た瞬間はありませんでした。笑
~今現在~**
市民ランナーになってからも走ることは続けていますが、メインはランニング活動です。
競技生活で得た経験や人脈を、市民ランナー界に提供し、競技者と楽しみながら走る市民ランナーを結び付け、お互いが幸せになる世界を作り出したいと考えています!
それは両方を経験してきたからこそできることだと考えています。
あと、関西をどんどん盛り上げていきたい!!
関東に負けたくないというわけではありませんが
関西を日本一楽しいランニング環境の場にしたいです。
僕は、現在
GRlabランニングチーム 代表
アマガサキタイムトライアル(ATT) 運営リーダー
を中心に
チームを活気づけて周りに刺激を与え、ランニング界を盛り上げる
敷居の低い大会を通じて陸上競技の楽しみを知ってもらう
という活動を行っています。
その中で、今回(偶然が重なりすぎたのもあり)
九鬼靖太さん 竹澤健介さん
にお声がけ頂くという夢のような出来事があり
“市民ランナー高速化プロジェクト”に携わらせて頂くこととなりました。
「新しいこと」に関して煮詰まってきた頃に舞い込んできた夢の話に毎日ワクワクしています!
今日は自己紹介なので、そのあたりのお話は次回以降させていただきます!
では、長文ご覧いただきありがとうございました!!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?