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素敵な三人組①

まだ24日で、友達としては四年目になるのだけど、親しい友達としては一年たってない。私は恋人とも一年続かない。友達は今まで広く浅くをしすぎて、信頼できるのは埼玉(友達兼元カレ後腐れなし)、世田谷(友達兼現カレ)、大学の女の子横須賀ちゃんひとりだ。埼玉と世田谷は高校の時からの付き合いになる。

そろそろTinderを消さないとなあと考えている。世田谷と付き合い始めた時、私は全く彼のことが好きじゃなくて、ホテルに行った時もカラオケに行った時も別に好きじゃなくて、じゃあなにが良くて一緒に居るんだよという話なのだけど、中身がめちゃくちゃ良いに限るのだ。私の好きな男のタイプは、色白一重でガリガリでゆるっとしたロングコートが似合うふわくしゃヘアの黒髪茶色メガネだ。全然かすってない。告白されたとき、私は大いに考えた。江の島の綺麗な海岸を二人で歩きながら、「君の諸々全部織り込み済みだ」と伝えてくれる世田谷に若干揺らぎながら私はべらべら喋っていた。Tinderを当分やめられそうにないこと、まず君を恋愛対象として見ていないこと、高校の時からご存じのように男にだらしないこと。全部わかってると言ってくれる世田谷はなんでこうも優しいんだ、見た目がタイプじゃないから沼れそうにないですねとか口が裂けても言えん、と思った。
箸をそっと割り入れた黄身のような夕陽が砂浜にとろけていた。魚が跳ねて、知らないバンドの演奏が空気を震わせていた。私は肯定される人間じゃない。

「普通に江の島を楽しむつもりが、水族館でいいなと思って告った」
これが世田谷の供述である。彼は生まれてこの方告白が成功したことのないピュアボーイだった。無駄に数をこなした(歴代の皆さんが悪いんじゃありません、私との組み合わせが悪いんです)どろどろの私は思った。世田谷の内面は友達でも男として見ても大好きだった。私はゆっくり沼っていくだろう。しかし恋愛をしたことのない人間というのは気持ちの予測がつかない。私がすっかり好きになった頃に、あなたが私を好きじゃなかったら?簡単に手に入ったものは長続きしない。一回振ったら良かったかとも考えたけど、別に自分のことを好いていない女に全部織り込み済みと訴えて告るというシチュエーションが最高に面白くてOKした。結局よく思案しているようで、感情で動くのが私なのだ。ヒトのぬくもりが欲しくて仕方なかったのもあった。
海は暗くなっていた。どこからともなく歩いて、ロマンスカーに乗って帰った。好きじゃない人の体温でも好きと思える自分の心はどこにあったんだろう。

埼玉と付き合うまでは、思いっきり好かれるための行動をした。なんとなく好きだった。こういうのがいいんでしょとばかりに振舞った。埼玉が分かりやすかったのもある。3人グルでの下ネタを控えたりしちゃっていた。だからこそ付き合って本音を言うようになったら難しいのだ。今まで猫かぶってた女がいきなり吠え始めたんだから、彼には悪いことをしたと思っている。埼玉といるときの私は未熟だった。かなり未熟だった。埼玉は私が女の子としてやりたいことを殆ど叶えてくれた。あれもいい時代だった。埼玉のいいところはタフでハードスケジュールを楽しくこなして実直で可愛いところである。その頃の私はこの3人が本格的に仲良くなってから日が浅く、まだ本心を全部打ち明けていなかった気がする。

世田谷には一切甘い種を蒔かなかった。(第一好きじゃなかったわけだし)だからいまも自然体で、好きに甘えて懐いて、あっちもカッコつけることなく24日目を迎えた。
今はもうとても好きである。でも絶対口に出さないと決めている。心ごと浸かってから別れる痛みが怖いのだ。口に出して伝えたら、自分でも実感してしまうだろう。本気で好きじゃないままでいれば別れても痛くない。めちゃくちゃ言いたいけど。
どうせ人間病気で太ったり痩せたりする。私はアトピー性皮膚炎があるから綺麗な肌じゃないし、躁鬱だからテンションも変わるし、本当はひどいくせ毛だし、斜視が完治していないからあんまり目を合わせない。身体の一貫性なんかどこにもない。世田谷はそれだって織り込み済みなのだ。

8月にコロナになって、PMDDと偏頭痛が重くなり、一晩中泣くようになり、朝起きれなくなって部活に行けなくなり、シフト申請の全く通らないバイトに疲れ果て、死にたい日々だった。1週間前、二人で以前泊まったホテルに行った。一番安い部屋のベッドに寝っ転がって、バックレたバイト先から電話がかかってきたらこれで死のう、とエスエスブロンを掌で転がしていた。2200円もした。部屋は死ぬ予定だったから宿泊でとったし、死ぬのに10000弱かかるのバカらしーと思った。横になっているうちに眠りに落ちた。見た夢が凄くすごく幸せだった。親と和解し、バ先から解放され、円満に部活をやめ、小さいころ見た夕焼けの中を歩いていた。会う人会う人とろとろの優しい声で、誰も私を責めない。でもそこに埼玉と世田谷はいなくて、どこかなあとさまよっていた。
つんざくような耳鳴りで起きた。夢だった。
泣いた。そしてなんか一気に冷めた。無性に寂しくなった。
ODしようと思ったなんていったら世田谷は絶対私をちゃんと叱る。それは彼の負担になる。だから言いたくなかったけどどうしても寂しくてなんだか助けてほしかった。
「ブロン高かったw」
「なにそんなことしてんの 俺を呼べよ」
「結局いつも話してて申し訳ない」
「俺だって健康なお前が見たいんだよ」
「俺に言わないでやればいいとかじゃなくてやることが問題なのよ」
「俺だって助けられることには限界があるのよ」
「そういうことからやめていかないと」
ちゃんと叱ってくれるよなあ、と泣いた。20錠飲んだ。
リスカより気持ちよかった。

会ってないときほど好きになる。「恋人」という存在に恋してるのかもしれない、と思った。きっと世田谷じゃなくたっていいのだ。以前はそう思っていた。
最近は1日中世田谷のことを考えている。笑えない。毎週会っているのに会いたくなる。
ホテルの帰り道、見飽きた地元の歩道を歩く君からずっといい匂いがしていた。風に乗っかった甘い水色。この人の弾くギターの音を一生覚えていたいと思った。

先週の話。
「髪切った」
「さわらせろ」
「なんでさわらせろなんだよw」
「君は大型犬っぽいからw」
理由は分からないけどこの会話が一番いとおしいと思った。
2つ寝過ごした鄙びた駅で、セブンティーンアイスのチョコミントを咀嚼していた。

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