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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2021年8月の記事一覧

旧街道の弁当

旧街道の弁当



 旧街道が交差するところにベンチがある。休憩所のようなもので、屋根もある。場所は住宅地の中。旧街道なので、今では生活道路ほどの規模で、その沿道も時代劇のような建物ではなく、普通の民家。しかし、かなりくたびれており、最近建った新建材の家ではない。
 ベンチのある場所は十字路跡。そのため、少しだけスペースがあるので、植え込みではなく、東屋のようなものが建っている。
 そして街道を記した新しい道標。

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令和枯れススキ

令和枯れススキ



「暑いですねえ、夏が戻りました」
「まだ勢いが残っていたのでしょ。残暑というやつですよ。あとは衰える一方、私達と同じです。そろそろ身の振り方を考える時期ですぞ」
「でも、こうして暑い夏がまた戻る日もあるのですから、まだまだいけるかと存じます」
「残り火、線香花火の終わりがけの勢いのようなもの、一瞬凄い火花が出るが、それを最後にシュンとなる」
「しかし、長くここにいるので、居心地はここが良いです

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きつねうどん

きつねうどん



 とある窓口で用事を終え、下田はほっとした。これで今回の用事が片付いた。短期間で終わったが、不慣れなことなので、少し疲れた。
 窓口を出た下田は、外に出たのだが、降っていた雨もやんでおり、夕方が近いためか、夕日が雲の中から弱い光を放っている。丸さはあるが輪郭はぼやけている。
 雲は動かないようで、それ以上輝かない。見えていたとすれば、眩しくて見てられないだろう。
 さて、一件落着、少しのんびり

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余計な検証

余計な検証



 一日で済むことを、広田は三日でやった。三日かかることを一日でやったのなら凄いのだが。
 その一日の中の僅かな時間でできることだが、少し面倒なことで、普段はやっていないこと。だから不慣れ。
 一日中かかることではないので、一日でできてもそれほど凄いことではない。
 三日に分け、三日に薄めたのは、自分の時間が減るため。全てが自分の時間なのだが、その中のいつもやっているような日常事が削られるのを嫌

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薬師と祈祷師

薬師と祈祷師



 旅の薬師と旅の祈祷師がコンビを組み、諸国を回っている。薬師は薬売りではなく、調合したり、病人を診たりする人。だから何かを売り歩いているわけではないが、祈祷師と知り合い、特別な薬を作り、それを売っている。
 この祈祷師はただの占い師なので、いい加減なものだ。薬師はある大名家に仕えていたが、窮屈なので飛び出した。殿様専用の薬しか作らないので、飽きたのだろう。
 祈祷師は半ばペテン師のようなもので

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気分次第

気分次第



 吉田は日により気分が変わるのだが、それは誰でも。
 良い気分の日もあるが、それは朝の話で、昼頃になると、それも忘れている。気分について考える気分ではなく、忙しいためだろう。
 いろいろと考えたり行ったりすることがあるので、気分についてわざわざ一コマ作って間を置くようなことはしない。
 気分を感じるのは寝起きだろうか。目覚めのご気分、如何ですか、と誰かに聞かれるわけではないが。
 気分の良いと

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おかめうどん

おかめうどん



「晴れるかと思っていましたが、雨ですなあ」
「朝、陽射しが少し覗いていましたよ。青空も、ほんの少し」
「足りなかったのですな。それで雲で埋められてしまった」
「そうですねえ。今はもう真っ白」
「当てが外れましたよ。晴れるかと思い、出掛けるつもりでした」
「ここまで、出て来られたじゃありませんか」
「ここは一寸雨でも一寸歩けば来られる距離。そうじゃなく、もう少し遠い場所」
「どちらですか」
「一

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物語る

物語る



「世の中には物語がある。当然個人にもある。その物語の一つを聞いて下さい」
「はい」
「では始めます」
「はい」
「紡績に関する物語でして」
「あのう」
「何かな」
「いえ」
「じゃ、続けます。繊維関係の歴史の中で、その工場は特殊な織り方で、人気を得たのですが」
「あのう」
「何ですか」
「もう眠いです」
「それは早い。まだ物語っていませんが」
「いえ、何の物語かは、もう分かりました。それで、眠

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恨み節

恨み節



「行かねばならないアリューシャン、行かせたくない人もいる」
「ほう」
「止めてくれるな妙心殿、行かねばならぬ、行かねばならぬうう」
「それらは止め歌なのですか」
「しかし、行かないといけない。行かない方法もあるし、その選択肢もある。しかし、それでは歌にはなりません」
「はい」
「では平凡な生活では歌になりませんねえ。何か、一寸したことがなければ。動物園へ行き、面白かったとだけの作文を書くような

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天気人間

天気人間



 天気が変わると気分も変わる。単純なものだ。
 問題の殆どがそれで解決したように岩田はなった。岩田が何かをしたわけではない。
 それで、岩田はこのことを人に言わないようにしている。天気の影響程度のことで困っていたのだから、話が小さい。それに何らかの事柄に関しての解決策ではない。
 しかし、天気が変わると、事柄も変わる。今までやりにくかったことでも、すんなりとこなせるようになる。何か特別な技法を

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お盆の雨

お盆の雨



 仏壇前に電気提灯が置かれている。二つ。散髪屋ではないが、回る。パチンコの電動ヤクモノではないが、777が揃い、フィバー状態のように派手な色がカラオケのミラーボールように回っている。
 玄関先にエンジン音。すぐに止まる。坊さんが来たのだろう。しかし、かなり間を置いてからチャイムを鳴らした。
 スクーターを玄関脇に止め、合羽を脱ぎ、トランクの上に乗せている。
「雨で大変だったでしょ」
「いやいや

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勉強になる話

勉強になる話



 良くもなければ悪くもない。そのため特に考える必要はない。何も感じないのに近い。そこで立ち止まることもない。
 これが良いと、その良さを喜んだりするだろう。悪いと何とかしないと思うはず。また、悪いと感じることが、そもそも気持ちの上でも悪い。
 何も感じない。感じているのだが、あまり意識にない。この状態がいいのかもしれない。
「ほほう、竹田君、またいいことに気付きましたね。しかし、一度そんなこと

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雨の盆

雨の盆



 町角で傘を差したままじっとしている人がいる。
「あなたも見ましたか」
「はい、何人か見ました。年寄りが多いようです」
「雨の盆だ」
「そうですねえ。お盆に雨は珍しいですね。このところ、雨が多いと言うより、毎日雨なので、お盆のことなど忘れていましたよ」
「お盆なのでお坊さんが来るのでは」
「仏壇仕舞いをしましてね。もう仏壇はありません。私が死ねば、もう仏壇は捨てるしかない。それじゃ何ですので、

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濡れ鼠

濡れ鼠



「雨はどうだ」
「まだ降っています」
「風はどうだ」
「まだ吹いています」
「強さは」
「強いです」
「煽られるなあ」
「はい、傘が松茸になります」
「出られんなあ」
「カッパなら、行けますが」
「それは着たくない」
「靴も濡れますし、靴下も濡れます」
「カッパに長靴か」
「はい、それなら多少の雨風でも行けますが、如何しましょう」
「用意しているのか」
「ありません」
「どうせそんなものは身に

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