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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2021年6月の記事一覧

鬼ヶ原の鬼退治

鬼ヶ原の鬼退治



「鬼ヶ原」
「はい」
「そのままだな。分かりやすい場所だ」
「鬼が出るとか」
「そういう場所ほど、出なかったりする」
「鬼ではなく、盗賊が出ます」
「寂しい場所なんだろうなあ」
「はい、街道沿いの近道なのですが、あまり旅人は通りません」
「その近道は何処に繋がっている」
「だから、本街道に出ます。本街道が曲がっているので、その近道なのです」
「なるほど」
「一寸した山がありまして、坂が多いので

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人知外

人知外



 人知では計り得ないこと。可能性としてはあるのなら、これは人知内。また、可能性としてはないことだが、想像の世界ではあること。想像できるのだから人知内。
 あってはおかしいが、あることは知っている。ただ、現実にはないだけ。
 その現実の陣地と、現実外の陣地との境界線が時代により違ってきたりする。また、現実では有り得ないとされていたものが、あったとなる場合もある。
 いずれも人知内だ。真偽を問わな

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怪我の功名

怪我の功名



 勝軍が行列をなし、本拠地へ戻って行く。大勝利だ。野戦での決戦。しかし、無理攻めせず、そこで引き上げた。敵の軍は敗走し、また主力部隊を全滅させている。
 石田米乃丞は、それを見送っている。ついて行けないのだ。一緒に戻りたいのだが、怪我をしている。馬にも乗れないが、それ以前に馬は逃げている。馬周りの足軽は何処かへ行き、小者だけが残った。戦は大勝利だが、石田は敗者のようになっている。
 小者の勘助

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奈喜良町

奈喜良町



「奈喜良町へ行かれましたか」
「知りません」
「この先です」
 町の端まで来たので高橋は引き返そうとしていたのだが、そこに現れた男がいきなり奈喜良町と言いだした。
 ナギラ、いきなり聞くと、町名とは聞こえないが、ナギラチョウと、チョウが付いたので、町の名前だと高橋をすぐに分かったのだが、彼が散策者のためだろう。
 町の外れ、そこは清水町で、村の面影があり、昔は田んぼだったところ。すぐに岡が迫っ

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楽しい人

楽しい人



 楽しいことが続くと、実際には楽しめない。たまにだから楽しめる。大きな楽しみもいいが、滅多にない。
 小さな楽しみはよくあるが、それが重なると楽しさを楽しむには過剰すぎる。
 三つも四つも楽しみが重なると、楽しみを食べ散らすようなもの。
「そんなに楽しいことが多いのかい」
「ああ」
「結構なことだ。苦しいことばかりの世の中なのに」
「君もかい」
「僕は避けているし、逃げているので、それほど苦し

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三日坊主

三日坊主



 日南という明るそうな坊さんがいる。他にも同じ名の僧侶がいるためか、阿蘇の日南と名乗っている。日南海岸ではない。
 しかし、そこは故郷で、実際には都のある畿内周辺をウロウロしている。今で言えば関西方面だろうか。
 日南は放浪を続ける坊さんで、旅から旅への旅坊主。故郷には帰らない。居づらくなった理由があるためだ。
 その明るさから、どの村々でも歓迎される。寒村が暖村になるわけではないが、人々の心

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大漁

大漁



 三村は朝から調子がいい。体調は悪いが、気分がいい。ただ体調の悪さがあるので、差し引きすれば、それほどでもないが、元気はある。
 それは一寸した取引が続けて成立したため。大漁だともいえる。そんなことは滅多にないので、喜ばしいこと。
 いつもは坊主が多い。何も釣れない。たまにかかる程度だが、今朝はビクに勝手に入り込んだように、魚が入っていた。当然、本物の魚ではない。
 特に仕掛けはないが、小まめ

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ならぬことはならぬ

ならぬことはならぬ



「雨で何ともなりませんなあ」
「梅雨時ですから」
「何ともならぬものを何とかしたいものです」
「ならぬものは何ともなりません」
「どうしようもありませんか」
「雨のようなものです。止められない。降らないようにさせることはできないでしょ」
「ならぬことですな」
「そうです。ならぬものはならんのです」
「まあ、雨は天然自然なので、これは無理ですが、何とかすれば、何とかなるものもあるでしょ」
「たと

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自由時間

自由時間



 やっと辿り着いた土曜日。休みだ。しかし、金曜、仕事が終わったときから休み。だが疲れている。気は解放され、浮き立っているが、身体が付いてこない。
 土日は休み。だから忙しくて休めないわけではない。それでも月曜から金曜は長い。この間、高尾の世界ではない。仮面を被った世界で、高尾の時間ではない。
 仕事が終われば高尾の時間になり、高尾の世界になるのだが、もう暗くなりかけているので、時間がない。夜歩

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先人供養

先人供養



 先人がいる。古川にとっては先人だ。その先人に取って代わり、古川が世に出た。既に産まれたときから世に出ているので、この場合の世とは、ある限られた世界だろう。
 その先人は、さらにその先にいる先人に取って代わり、上へ行ったのではない。古川に取って代われ、居場所がなくなったのではない。上にも行かず、下にも下らず、そのまま消えてしまった。
 世の中から消えてしまったわけだが、限られた世界から消えただ

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ソーメン

ソーメン



 夏の盛り、石田は朝、一日を始め、夜、一日を終えるだけで一杯一杯の暮らしをしていた。
 その間、何と戦っていたかというと、当然ながら暑さ。暑さとの戦いなので、これは戦争ではない。人と人との争い事でもない。また病との戦いでもない。ただ一寸暑いので、過ごしにくいだけ。
 だから戦いというよりも、その暑さをどう乗りきるのかの折り合いの問題だろう。暑さと仲良くなるような。
 しかし、この友人、なかなか

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終わった人

終わった人



「我が一族は田村殿に従うのがよろしいかと存じます」
「そうだな」
「田村殿は公正なお方、偏りがありません。どなたに対しても同じように礼を尽くし、それに腰も低く、話し方は上下に拘わらず、丁寧」
「そうだな」
「我が家、我が一族は田村殿に従うことが一番無難かと」
「そうだな」
「何か、お気に召されませんかな」
「召したいがな」
「ではお召し上がりなされ」
「わしはなあ」
「誰ぞ、他にいますか」

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蛇神伝説

蛇神伝説



 田沼崎は昔は川だった。蛇のように歪曲した川で、そのカーブを曲がり切れないほど増水し、決壊した。そこが本流になる。
 そしてまた、元の川筋と合流する。だから川の一部が千切れた。だから長細い池になった。蛇沼とも呼ばれたが、その後、溜池代わりに使うようになってから、田沼、または田沼崎と呼ばれるようになる。
 本流だった頃の船着き場があり、もう使われていないが、その一帯が田沼崎た。本流だった頃は名は

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連祠

連祠



 永野主膳は武士だが学者。また、お寺の息子でもあるが僧侶ではない。藩士だが役目はない。側近寄り合いという部署にいるが、その大部屋に詰めているだけで、何もしていない。
 お寺育ちなので、子供の頃から神秘的なことが好きなようだ。それほど怖い目に遭っていないためだろう。
 藩内では神秘家で知られ、一目置かれているのではなく、視界から外されている。実家の寺は大きい。代々の藩主の菩提寺でもある。
 側近

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