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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2021年2月の記事一覧

夜中のピチャピチャ

夜中のピチャピチャ



 ピチャピチャと音がする。夜中だ。目を覚ましたとき、それが聞こえた。雨でも降っているのだろうか。しかし、いつもの雨音ではない。猫が水を飲んでいるときの音に近い。
 庭に猫が来ているのだろうか。ガラス戸一枚の距離なので二メートルも離れていないだろう。しかし庭には水はない。金魚を飼っていた頃の水槽があったが、捨てている。
 では、やはり雨音だろうか。起きたついでにトイレに立ち、その小窓から外を見る

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暇潰し

暇潰し



「忙しいですか」
「まあまあです」
「私は暇でねえ。時間がなかなか潰れない。まあ何をやろうと、何もやらなくても、時間は経過し、夜になり、寝る時間にはなりますが、その間、退屈でしてねえ。やることがないので、暇潰しになるようなものが欲しいところです」
「今日は問題ないでしょ」
「そうです。こうして来ていただいたので」
「でも小一時間ほどですよ」
「二時間はいて欲しいです」
「用事がこのあとあります

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有馬の隠居談

有馬の隠居談



 立派な武士が供を連れ、馬でやってくる。彦作は用件を知っている。こんな片田舎に来るには目的がある。そしてそれは決まっている。
 彦作は一足先に有馬の隠居に伝えようと思った。駄賃をくれるためだ。
 村道ではなく、畦道や山裾の間道を通り、有馬の隠居に知らせに走った。
 隠居は、そうかと言っただけ。
 彦作が縁先でじっとしている。
 有馬の隠居は銭を与えた。
 しばらくして、立派な武士が馬から下り、

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踏み込む

踏み込む



「昨日は忙しかったのですが、今日はゆっくりできます」
「急いで帰られたので、何か無礼でもあったのかと思い、心配していました」
「そんな気遣いは一切無用ですよ」
「昨日は何かあったのですか」
「珍しく人が来るので、その時間にいないといけないので」
「で、会われましたか」
「はい、間に合いました」
 それ以上は踏み込んで聞けないようだ。
「物を受け取るだけですので、僅かな時間ですよ。用事と言うほど

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午前の用事

午前の用事



 津軽は午前中に用事ができた。それで早い目に起きようと思ったのだが、寝過ごした。それでもいつもと同じような時間なので、遅く起きてきたわけではないが、早い目を狙っていただけに残念。
 それで朝の雑用も短い目に進めた。顔を洗ったり、朝食の準備をし、食べたりというような、毎日やっていることを少し急いだ。
 午前中にやってしまわないといけない作業があり、それもテキパキとこなした。やればできるもので、早

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なくしたもの

なくしたもの



 失ったものを取り戻す。これはよくあることだ。一度手に入れたものを何らかの理由で失うことになった場合、すぐにでも取り戻したり、取り返したい。
 取り消しができるものは、何も失わないが、何も得ていない。取り消したのだから。
 しかし、取り返しが付かない場合、これは何とかしないといけない。一度手に入れたのに消えている。自分のものになっていたのに、それを失う。これは取り戻すため、何らかの動きをする場

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通り過ぎたもの

通り過ぎたもの



 あることのついでに、三嶋は思い出したことがある。調べ物とは関係しないが、それが気になった。そんなことがあったのかと。
 その路線へは進まなかったのはそれなりのわけがあるはず。良いものなら進んでいる。しかし、こんな良いものを何故今まで無視してきたのかと思うほど優れていた。
 だから、それほど優れていないので、その路線は消え、別のものに取って代わられたのだが、その先、その先へと進むに従い、どうも

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魔界の扉

魔界の扉



 日常の中に魔界へと通じる隙間や扉があるわけではない。あれば厄介だろう。それに危ない。
 偶然何かの拍子で、すっと入り込んでしまうこともない。だが、魔界とはこの世とは違う別世界だけを差すのではない。魔界に入れば、風景も違い、そこで出合う人や動物、植物までも違うだろう。
 そうではなく、この世と地続きにある魔界もある。決して開けてはいけない何らかの扉。決して入り込んではいけない場所などがある。そ

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足軽参謀

足軽参謀



「草加源内」
「はい」
「何者じゃ」
「その者が加わってから様子が変わったことをつきとめました」
「聞いたことのない名じゃが」
「私も初めて聞きます。そんな者が家中にいたのかと」
「かなり押され気味じゃ。敵の勢力が増えておるのもそのためか。わが方は減っておる」
「草加源内の仕業かと」
「確かか」
「変化があるとすれば、草加源内が加わったことだけです」
「何者じゃ」
「調べさせてみましたところ小

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会議の果て

会議の果て



 冬の終わり、暖かい目の日が続いていたのだが、寒の戻りでガクンと気温が下がった。白木のテンションも下がり、体調も悪くなった。決して病人ではない。低気圧の影響だろう。
 日々、何もせず、ぶらっとしていると、低気圧の影響を受ける。忙しく働いているときは、気付かない。だから台風が来る前が分かる。ただし天気予報を先に見ると駄目だが。
 そんな日、いつものように散歩に出た。だから元気なのだ。しかし、ほん

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心の整理

心の整理



 風が唸り声を上げている。嵐が来ているのだろう。上田は部屋の中でじっとしている。ポカンとしているわけではなく、考え事をしているのだが、ただの雑念。それをぼんやり時を過ごしているというのだが、上田にとり、それは決してぼんやりではないし、雑念でもない。大事なことを考えている最中。しかし、他人にとってはどうでもいい話で、大したことではない。
 上田は公開中でも航海中でもなく後悔中。それでどうすればい

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ぶらりと出掛ける

ぶらりと出掛ける



 芳田は天気が良いので、ぶらりと出掛けることにした。日曜で休みだし、丁度いい。これが雨とか曇っていたりすると、その気にならない。陽気に誘われたのだ。
 冬の寒さが薄れ、逆に暖かすぎるほど。ポカポカ陽気を通り越している。まさか夏日になるわけではない。桜はまだ咲いていない。
 ぶらりと出掛ける。しかし、目的地がそれなりにないと、家を出てからどちらへ向かえばいいのかが分からない。決めていないため。

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情動のスイッチ

情動のスイッチ



 滞っていたものがスーと通ると気持ちがいい。便秘などがそうだ。出るべきものが出る。また滞っていたものの中に、入るべきものもある。
 溜まるとゴミ出しが大変なように、また支払いなどが溜まると、これもまた大変。
 そういうことだけではなく、気持ちが動かないので、滞る場合もある。その気になかなかなれない。なってもいいのだが、今じゃなく、もう少し後か、先でもいい。今、それをしたくない。
 しかし、やり

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優秀な人

優秀な人



 あまり優れていないものにも、それなりの良さがある。優秀ではないので、良いことがあるのかということだが、優れていないことが良さになる。だから、無理はしないし、できない。ある範囲内のこと、特定のことだけなら、より優れたものと同じようにできる。実際にはより優れているものの方がそれでもまだ優れているので、同じとは言えないが。
 だが、ギリギリだが何とかなるという感じも悪くはない。
 難しいことはでき

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