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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2020年11月の記事一覧

立ち話

立ち話



「下田はいかん。あれは辞任すべきだ」
「交通機関の発達が、果たして人々に仕合わせをもたらしたろうか。利便性が必ずしもいいわけではない」
「下田の経歴を見たか。あれは嘘だ。それが分かっていながら、誰も何とも言わん。それを追求すると、おのれも追求されるからだ」
「私は歩いて旅する。これがいい。しかし、昔は伊勢参りなど歩いて行ったものだ。お参りよりもその道中の方が学ぶところが多いと言える」
 左側か

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限界越え

限界越え



 限界を超えると、そこで終わってしまう。いつもは限界内でやっていたのだが、その限界内にもレベルがあり、非常に高い限界内もあれば、それほどでもない限界内もある。その場合、限界など考えなくてもいい。限界を超える必要がないため。
 限界内での戦いがあり、競い合いがあるし、自分自身に対しても挑戦する良さもあるが、いずれも限界内での話。
 限界を超えるのは実は簡単なことで、一つの歯止めを外せばいい。これ

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用事の話

用事の話



「一つ用事を減らすと楽ですね」
「あ、そう」
「このところ忙しくなりましてねえ。色々と用事を増やすからでしょうねえ。それで一つ減らしました。すると楽になった」
「その用事、しなくて大丈夫ですか」
「大丈夫だったようです。しなくてもいいような用事でして、習慣になっていただけ」
「無駄を省くというやつですね」
「いや、最初から無駄なことをやっていたので」
「あ、そう」
「それで時間にゆとりができ、

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千字一話物語

千字一話物語



 闇の中を彷徨っていた。二吉はやっとその先に光を見て、出口を見付けた。そこは明るい世界。現実の世界。きっと昼なので、明るいのだろう。
「ほう、闇の中を彷徨っていたと」
「そうです。でも、そちらの方がよかったかもしれません」
「闇では何も見えんじゃろ」
「明るくても実は何も見ていなかったりします」
「ほう、それは奥深い」
「それに何も見えませんが色々なものが見えていました」
「頭に浮かぶものかな

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馬鹿になる薬

馬鹿になる薬



「機嫌良く暮らしておられますかな」
「良いときもあれば悪いときもあります。連日機嫌が良いのがいいのですが、そうはいきません。それに楽しいことが毎日続くと身体も気力も持ちませんよ。そのうち麻痺してしまい。楽しいはずのことなのにそれほどでもなくなってしまいがちです」
「長い説明有り難うございます。ただの挨拶なんですがね」
「そうなんですか、で、あなたはどうなのですかな」
「私ですか。私のことはいい

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銀杏蛾

銀杏蛾



 イチョウの葉が黄色い。多くの葉は散って地面を真っ黄色にしているが、まだ枝に葉は豊富にある。いったい何枚あるのか勘定したくなるが、一円にもならない。この葉が小判に変わるわけがないので。
 そんなことを思いながら、上田はすぐ目の前の枝にある葉を見ていた。それらの黄色い葉もすぐに落ちるだろう。
 イチョウの黄色い葉を見るのは今のうち。もう来年の今頃まで見られない。繰り返される四季、折々の変化。上田

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不審な動き

不審な動き



 平家物語ではないが、どの政権も永遠に続くものではない。長く続いた藤原時代、徳川時代も、やがて消えていった。ローマ帝国もそうだろう。
 ただ、その時代に生きていた人達は、孫や曾孫まで同じ政権のままだろうというのがあり、生きている間は、ずっとその政権。その先の政権など考えようがなかったのかもしれない。だからその人にとっては曾孫の代まで続くので、生きている間は、その政権のまま。
 ただ、その政権内

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古き流儀

古き流儀



 古きに戻るといってもそれほど昔ではない。ついこの前のことで、よく見えており、思い出すまでもないこと。まだまだよく覚えているので、昨日のことのように思われる。おとといのことになると少し曖昧になり、一週間前だと、かなり薄くなり、一月前だと距離感が出る。去年のことになると、もう繋がっていないような過去にも見えてしまう。
 古いといっても色々ある。新製品が出ると、旧製品になるが、今も使っている人がい

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遠くへ行きたい

遠くへ行きたい



「遠くへ離れる」
「どういうことだ」
「自分から遠く離れる」
「そういうことか」
「しばし、離れるので」
「それはいいわけか」
「まあ、そうです。少し離れたい」
 そういった世間のしがらみから離れたくなるときがある。
 田村はそれを実行した。
 すると「責任逃れだ」という声が聞こえてきた。まだそれほど遠くへ行っていないので、聞こえたのだろう。もっと離れなければ。
 これは遠隔地へ行くわけではな

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秋眠

秋眠



 春眠。それがあるのなら秋眠もあるはず。春は眠い。それと同じように秋も眠い日がある。まだ今は秋だが晩秋、すぐに冬が来る。
 武田が眠いのは小春日和のためだろうか。妙に暖かい。冬のような寒さが続いていたのだが、その日はポカポカと暖かい。しかし、眠気はそれではないようだ。睡眠不足でもない。
 朝、食べ過ぎた。
 それで動きが鈍くなる。これが秋の終わり、冬の初めの肌寒いころなら、眠気は来ないかもしれ

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紅い樹海

紅い樹海



 紅葉狩りに出て道に迷う。そして二度と出て来られないまま彷徨うのでは、と心配していると、茂みの奥に人里が見える。こんなところにそんな町があったのかと。
 紅葉狩りの名所。最寄り駅は終点の駅で、そこからもう紅葉が始まり、駅前から既に土産物屋や赤い毛氈が敷かれた長い椅子がある。椅子なのかテーブルなのかが分かりにくいが、どちらも合っている。そこに座り、そこで何かを食べる。ではお膳の上に座って食べてい

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赤塚の謎

赤塚の謎



 赤塚があるのなら黄塚とか、他の色の塚もあるのではないと思い、下村は周囲を探したが、それらしい塚はない。赤塚は盛り土だろう。それほど大きくも高くもない。周囲は平地。起伏はない。ただ、家々が立ち並んでいるので視界に入らないのかもしれない。
 下村は周辺を探したが塚はそこだけ。塚なので墓なのかもしれないが、他の目的で盛り土をして高みを作るというのもある。一段高いところに目立つものを置くため。
 赤

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彦山の魔獣

彦山の魔獣



「聞き違えたようだな」
 瀬宮は魔獣退治に来た。彦山の魔獣と聞いていたので、山の麓で戦いの準備をしているとき、雑貨屋があるのが目に入った。コンビニのようなものだ。周囲にコンビニはない。田舎なのでそんなものだろう。最寄りの駅前にはあったが、降りた終点の村のバス停周辺にはない。
 その雑貨屋に縦長の看板が出ており、彦山饅頭と書かれていた。これを見た瀬宮は全てが終わったことを悟る。聞き間違いなのだ。

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陽だまりの老人

陽だまりの老人



 秋の終わり頃、少し暖かい日があった。木陰ではなく陽だまりがあり、そこで腰掛けている老人がいる。座る場所などない。空間はあるが、座るための何かがない。しかし落ち葉が絨毯のようになっており、ないよりはまし。これが雨の降ったあとなら濡れているが、かさっとしているようだ。木の葉の紅葉、それを下で見る。そして触れる。老人はそんなことをしたくて座っているわけではなさそうだ。
 観察者が想像しているだけ。

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