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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2020年5月の記事一覧

間を置く

間を置く



 上手く行かないときは少し間を置けと武田は言われた。
 信号のない横断歩道。簡単には停まってくれないのは、停まりたくても後続車が気になるため。またそこで止まっても対向車線も停まってくれなければ人は渡れないだろう。しかし、待てばいずれ嘘のように車が来なくなり、簡単に渡れる。
 タイミングの問題で、時期の問題。難しいことでも少し待てば簡単にいくことがある。
「まだ待っておるのですか」
「はい、上手

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保身の人

保身の人



「さて、どうしたものか」と二人が相談している。いつも休憩に入るファストフード店。
 職場のリーダを追い出した。やっとそれに成功したあとなのだが、職場に平和が訪れたのは僅かな時期。すぐに次の禍がやってきた。この二人がその標的となったが、似たような人は多数おり、二人だけが特に、と言うことはない。
 独善的なリーダーに仕切られ、苦しい思いをしたのだが、それを仲間達が追い出した。団結したのだ。これで癖

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日常の内と外

日常の内と外



 日常内と日常外がある。日常外は非日常でもあるが、常識があり、非常識があるような図ではない。日常外は日常内と隣接しており、日常から少しだけ外れている程度。だから決して非日常ではない。日常とは常日頃からやっていることや、立ち回り先だろう。ただ、日常は人により範囲が違うので、その個人によって異なる。
 毎日行っている喫茶店、しかし定休日があり、週に一度だけ別の店へ行く。週一なら日常内に入るだろう。

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とどのつまり

とどのつまり



 疋田はある年齢に達したとき、若い頃から思っていた状態ではないことに気付いた。もっと早く気付いてもおかしくない。どれだけのんびりしていたのだろう。そして年齢を考えると、未だに底辺にいる。もっと進んでいるはずなのに、予定していたところに達していない。それもかなり緩い目の最低限のところだが、それはまだまだ先で、これは一生かかっても無理なのかもしれないような高みに見える。
 しかし、その間、疋田は懸

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石の卵

石の卵



 身体が怠い。気力がない。精力がない。こういうときは養命酒の出番だが、酒田はそういうものは飲まない。よくあることで、身体が悪いのではない。低気圧なのだ。
 どちらにしても元気に欠ける。そのため、こういうときは楽しいことをすると損。それほど楽しめないため。それは元気なときにとって置く方がいい。そのほうがより楽しめる。
 晴れていたのだが、雲が多く、やがて白い雲が濁りだし、灰色になり、空全体を覆う

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再開

再開



 再会もいいが、再開もいい。再会は人だろう。再び会うということだが、期間にもよる。昨日会った人と、今日また会うというのは、再会としては短すぎるが、もう二度と会うことはないはずの人と、偶然出会ったとすれば、これは再会だ。常に会っている人なら、再会とはいわない。
 再開は人も関係するが、場所や、建物。店屋でもいい。またイベントでもいい。中断していたイベントや行事やプロジェクトなど。これは止まってい

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田知花

田知花



 高級住宅地が田畑に取って代わって久しい。元々は荘園だった場所で、豊かな田園風景が続いていたのだろう。今も緑が多いのは庭木のある家が多いため。庭も大きな屋敷なら広い。小さな神社の境内程度はあったりする。
 その最寄り駅は閑静な住宅地にふさわしく、派手なものではない。派手さは看板類や店屋が演出するのだが、商店街らしきものはあるが、歩道沿の地味なもの。
 村田は隣の市に住んでいるが、自転車で毎日通

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下手な話

下手な話



「酒田の町は狭いようで広い。本当は広い。広すぎる。それで、上酒田、西酒田、などなどと分けられた。また酒田口まである。これは酒田とは関係がない。その入口に近いところにある町名」
「そういう話は長くなるようなので、手短に」
「はい」
「それで、酒田がどうかしたのですか」
「行きました」
「それで終わりですね」
「いえいえ、何をしに行ったのか、どんなことがあったのか、まだ何も語っていませんが」
「酒

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消える村

消える村



 比婆の山上に山寺がある。まさに山門。ある宗派の総本山のようだが、山奥ではない。山上まで車で行けるがバスの便は少ない。お寺関係の人が来る程度で観光の寺ではない。山上からは下界を見下ろせる。少し遠いが高層ビルが見える。下が下界なら上は上界だが、天上界ではない。見晴らしがいいのだが、展望台はない。しかし、清水の舞台のような広縁があり、そこからの眺めは特別。ただ一般の人はそこには立てない。観光寺では

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地蔵老人

地蔵老人



「いつもお見かけしますが、何処へ行かれているのです」
 柴田は自転車散歩中、町内の塀沿いにいつも座っている老人に聞かれた。毎日のように見かける人だが、柴田の近所から少し先にある町内。その町内と柴田との縁はない。あるとすれば、この老人をよく見かける程度。決まって板塀の隙間にある椅子に座っている。地蔵でも祭っている祠のように。
 それで柴田は彼を見かけるたびに地蔵がいると呟いたりする。それだけの関

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狂言

狂言



「その後、どうなりましたかな」
「その後と言いますと」
「例の事件」
「あれは椿事でしたね」
「そうだろ。で、その後どうなった」
「別に」
「あれほどの事件だ。その後があるだろ」
「平常通りのようです」
「何事もなかったかのようにか」
「そうです」
「そちらの方がおかしい」
「いえ、別段何もその後、ありません」
「あれだけの騒ぎだ。しかも世にも奇妙な」
「それだけでした」
「しかし、事件だろ」

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悪罵

悪罵



「評判はどうじゃな」
「お館様ですね」
「そうじゃ」
「悪いです」
「どの程度」
「かなり」
「それは困ったのう」
「領主としてふさわしくないとか」
「そうか」
「たわけ者、馬鹿だとも」
「ほう」
「悪口で溢れております」
「賑やかだね」
「ぼろくそです」
「言っているのは誰じゃ」
「下の方です」
「直接か」
「とんでもない。陰口です」
「殿の前では」
「下っ端ですから、お目にかかる機会もない

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会長の体調

会長の体調



「何処がどうなのか分からんが調子が悪い」
「良い調子でやっていたのではありませんか」
「そうなんだが、違ってきた。原因が分からん」
「知っていたりして」
「思い当たることはあるが、それを言い出すときりがない」
「具合が悪いのですか」
「それほどでもないが、何か元気がない」
「今までありすぎたのではありませんか」
「そうかな。君はいつも調子が良いようだが」
「良くないですよ。悪い調子が慢性化して

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