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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2020年4月の記事一覧

遊山

遊山



「晴れていますなあ」
「そうですねえ」
「久しぶりだな」
「この前も晴れていましたよ」
「しかし、風が強かった」
「忘れました」
「桜も散った」
「次はツツジですよ」
「もう飽きた」
「そうなんですか」
「毎年毎年、同じことばかりやってる。たまには違うことがしたいが、これというネタがない。結局は目先のもので動く。これが情けない」
「そんな大層な」
「もっと趣向はないか」
「違う趣ですね」
「そ

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清流

清流



 心理状態は常に動いている。高畠は目が覚めたとき、一瞬全ての流れを忘れているときがあるが、すぐに現時点での心理状態になる。これは状況を引き継がれる。たとえば昨日までのこととか、次の用事とか。
 そういうものが心理を変えているのだが、それとは別に体調というのもある。
 妙に元気な日もあれば、わけなくふさいでいる日もある。これは天気の影響もあるのだろう。だから個人的な用件や社会的な何かではなく、た

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深夜の寺の明かり

深夜の寺の明かり



 下田が引っ越したところは郊外の外れ、そこから先はただの田舎町になるのだが、距離があり、続いていない。丘陵地帯が山からはみ出してきて、それで遮られてしまう。郊外の駅から、その田舎町までの距離が結構ある。途中の駅がない。要するに通勤圏ギリギリの郊外の端。それだけに家賃が安い。ここなら一戸建ての借家に住める。そして緑が多く、環境もいい。駅前はちっぽけながらも店屋が並んでいるし、コンビニもある。ファ

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メッセンジャー

メッセンジャー



「この近くなのですがね」
「どなたの家ですか」
「田村さんです」
「ああ、田村さんですか。この先を曲がったところです。行き止まりですが、狭い通路があります。自転車が何とか通れる程度。その奥が田村さんです。抜けられません。行き止まりから先にあるのは田村さんだけですから、分かりやすいですよ」
「有り難うございます」
「でもいつもお留守ですよ。よく見かけるのですがね」
「よく出掛ける人なんですね」

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通らなくなった道

通らなくなった道



 しばらく通っていない道がある。よくあることだ。しかし、毎日通っていた道なので、日常の中からその道が消えたことになる。道は存在している。当然だ。
 しかし、吉田の中では消えてしまった。だが、再びそこを通れば姿を現す。吉田が通るまで休憩しているわけではない。工事でもしていなければ営業中だ。その道は有料道路ではないが、道沿いの店は営業している。普通の民家も多いのだが、それらの家は営業ではなく、日常

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本物偽物

本物偽物



「本物と偽物の違いは何でしょうか」
「ものにもよりますなあ」
「一般的なところで、お願いします」
「お願いされても、結局は何か思い当たる任意のことからの意見になりますが、よろしいですか。普遍性はありません。全てには当てはまりません」
「はい、結構です」
「偽物の方が勝手がいい」
「勝って」
「道具やシステムでもよろしい。使い勝手」
「はあ」
「本物には負けるので、それに勝るものを用意したのでし

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花水木

花水木



「花水木」
「はあ」
「ハナミズキ」
「はい」
「花の名は種々あるが、これはいい名前だなあ。淡い」
「桜の次は花水木ですか」
「そうだね。桜が散れば花水木の季節。これは地味で大人しい花を付ける。そして淡い。この淡さは何とも言えん。特に逆光で見たときね。桜のように固まって咲いていない。いい間隔で咲いている。これもいい」
「花水木のファンですか」
「いや、たまに見かける程度。花水木通りがあってねえ

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メインテーマ

メインテーマ



 メインというのは選ばれしものだが、そればかりやっているとアラも見えてくる。それだけ親しんだためだろう。アラは慣れるものではなく、欠点は何処まで行っても欠点で、それが長所になることは滅多にない。欠点はない方がいい。だが、完璧なものなど存在しないので、どこか気に入らない箇所が出てくる。
 メインである限り、滅多に変更や交代はできない。他のものに比べ、一番ふさわしいので、メインとなったのだから。

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純喫茶を探せ

純喫茶を探せ



 雨が降っている。春の雨。強くはないが、冷たい。北の方では雪になっているかもしれない。既に桜は散っているのだが、花冷えというには花がない。桜以外にも草花は咲いているので、花は桜に人は武士に拘ることはないのだろう。桜以外は花ではない。武士以外は人ではないと、指摘はしないが、それほど代表するものだろう。
 それよりも喫茶店だ。世の中には色々なことがある。そして色々な用件はある。数ある中で喫茶店が注

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浦田の善蔵

浦田の善蔵



「浦田の善蔵さんの姿が最近見えないが」
「仕事に出ているのでしょ」
「仕事ねえ」
「そうでないと食べていけませんから」
「そうだね、毎日ぶらぶらしている。何処かで仕事をしないとね。しかし何処へ行ってるんだろ」
「すぐに戻ってきますよ。何か用事でも」
「頼みたいことがあるんだが、留守じゃ仕方がない」
「私じゃ駄目ですか」
「あなたじゃ無理だ。難儀すると思う。それにあなたには面倒をかけたくない」

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物言う木

物言う木



 過ぎゆく時代を思いながら桜を見る。これは年中行事でよくあること。年に一度なので、一年単位。これは結構大きい。年代としてはわずか一年だが、去年の同じ頃に比べ、かなり変わっていることがある。桜が咲き、散るのは変わらないが、その桜が来年同じ場所にあるかどうかは分からない。
 当然去年と同じ春が来て、そっくりそのままの繰り返しだったとしても、それを見る人が、もうそこにはいなかったりする。
 ただの桜

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喫茶店を探せ

喫茶店を探せ



 地方都市というより地方の街。駅があり、ビジネスホテルもある。観光地ではないが、地の人が昔から住んでいるのだろう。城下町でもないし、門前町でもない。田舎くささがないのは、建物が新しいのだろう。駅舎も新しいもの。
 人家は多く、店屋もある。よくあるような駅前の商店街はアーケード付きで、それが中で迷路のように伸びている。
 奥田は意味もなく、この駅で降りた。しかし、何か意味があるはず。ただの観光客

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凡将の罠

凡将の罠



「有力部隊が谷に入ります」
 物見からの報告。
「誰だ」
「旗印から畑山かと」
「畑山か」
「はい」
 伝令が去ったあと、本陣で会議が開かれた。
 要するに、予定戦場へ、畑山部隊が谷を通ってやってくるということ。これをどうするかだ。
「明部谷へのこのこ出てきたのか。なぜその道なのだ」
「凡将」
「畑山かが」
「そうです。確かに有力部隊ですが、それを引き連れているのは畑山」
「いや、わざわざ奇襲

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陰獣王

陰獣王



 春の良い季候なのに、吉田は体調が悪い。季節の変わり目は過ぎており、既に春本番。
 陽気がいけないのかと思い、陰気なことを考える。陰気な方が吉田は元気。まさに陰獣。
 亀も泥布団から抜け出す季節なのだが、吉田はまだ寒いようで、固まっている。
 何か陰気なことでもすれば、元気になるかもしれないと思うものの、いつも陰気なことをしているので、それ以上陰気なことは考えつかない。いろいろと案はあるが、実

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