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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2020年2月の記事一覧

常春の人

常春の人



 優れているものよりも優れていないものを使う方が落ち着くことがある。レベルが高いほど気忙しく、低い方が余裕やゆとりが生まれる。これは時間を争うようなことでは別だが、早いと善いものができるとは限らない。結果が悪ければ、何ともならない。
 早くて善いものができれば越したことはないが、この善いものというのが曲者で、そうそう毎回善いものはできないだろう。
 島田が最近考えているのは、ローなものでのんび

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村の三尊

村の三尊



「暇ですなあ」
「何を守ればいいのか、よく分からない」
「そうですなあ。もう必要じゃないのかも」
「仰る通り、西の方はどうですか」
「私も同意見です」
「じゃ、三尊とも意見が揃いましたなあ」
「まったくその通りで」 
 村の守り三尊と言われている石仏がある。既に顔かたちはない。最初から頭部がない石饅頭もいる。合わせて三尊。この村ができてから置かれている。しかし、村はもう市街地になり、田畑などな

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雨男

雨男



 雨の日は出掛けにくく、また雨なら中止することも多いだろう。水を差すということだが、田植え前などは差してもらった方がいい。
 雨の日にしか出掛けない人がいる。雨男だ。これは雨蛙に近い。雨男、雨女は、一緒に出掛けるとき、その人が加わっていると、雨になる。本来晴れた方がいい場合に水を差す。その雨男、雨女とは別に、一寸違うタイプの雨男がいる。清水という男で、名前からして水が付いている。ただ「きよみず

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龍軍

龍軍



「清原から人が来ております」
「清原」
「石嶺奥四郡の」
「ああ、あったのう清原郷が。で、そんな奥から誰が来たと」
「清原殿です」
「まあ、お通しせよ」
「はい」
 清原郷を含む石嶺奥四郡は属国とされている。奥石嶺は広いが人口は少なく、その中でも一番小さな地域。そのため、奥の奥にある僻地。その背は巨大な山岳地帯で、もう人は住んでいない。
 城下の石嶺家宿老宅を訪ねて来た清原氏は、いわば清原郷の

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狐馬

狐馬



 三村は予定を立てない人。大事なことは覚えている。忘れるようではさほど大事なことではないのだろう。忘れるほどのことなので。
 人と会うときも、日にちと時間と場所は暗記している。それほど多くの人と頻繁に会わないので、その程度は覚えている。これもたまに忘れることがある。きっとそれほど大事な相手ではないのだろう。
 予定を立てると実行が億劫になる。義務のようになり、それを果たすのはあたりまえとなる。

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元気のないとき

元気のないとき



 今日は何もしたくないと思う日がある。高田は週に一度あるようだ。そのほとんどは天気。それと体調。どちらもコンディションの問題だろう。こういうとき、込み入ったことや、大事なことをすると、厄介なことになる。厄介なときに厄介なことをするようなものだが、厄日に厄事をするような感じ。揃っているのでいいのではないかと思えるが、相乗効果でさらに加速する。マイナスプラスマイナスはプラスになるが、マイナス側に伸

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継続の力

継続の力



 何事においても頭打ちになることがある。特に懸命にやっていたことは、期待も大きいだけに、がっかりだろう。それでやる気が失せることもある。継続は力だが、続けるだけの意味がなければ、それも難しい。面白くないためだ。
 頭打ちとなったことをまだやり続けるのは、果たして愚か、または賢いのか、それは分からない。
 柴田はそれで考え込んでいたのだが、上司はそれを見て、何か言いたそうにしている。
 上司なら

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強いは弱い

強いは弱い



 強い武者は弱い。強いので弱いのだろう。
 その戦い、これは小競り合いで、乱戦状態になった。
 お互いに敵の様子は分かっている。誰が強く誰が弱いのか。
 そして、一番の強敵が現れたので、誰も手が出せない。まともに挑めば大怪我をするだろう。それで、避けまくった。その剛の者、戦う相手がいない。
 敵はその剛の武者の後ろにいる。盾にして進んできたのだ。
 ここは駆け引き、来たので、引いた。剛武者には

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春待ち

春待ち



「今日は暖かいですねえ」
「まだ二月の中旬、まるで春のようです」
「桜が間違って咲き出しそうですよ」
「蕾は既にスタンバイしているんじゃないですか。しかし、この前見たときはまだそんなに膨らんでいない。また咲く前はほんのりと赤みを帯びます」
「じゃ、間違って咲く桜はないと」
「世の中、間違いが多い。それにたまに聞きますよ」
「それは早咲きの桜じゃないのですか」
「そのへんにあるようなソメイヨシノ

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イメージ

イメージ



「欲しいものはイメージの中にある」
「はい」
「それは想像の世界」
「創造ですか」
「そうではない。空想だ。まだ具体的なものとして手にしていないもの。頭の中だけにあるものだろうが、当然外にもある。他人が持っているものが欲しいとかね。これは創造ではなく、想像。もしそれを得たり持ったりすれば、どれだけ素晴らしいかと思えるようなもの。ここまでは想像だ」
「私は創造者になりたいのです」
「お前は神か」

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験担ぎ

験担ぎ



 島村は験を担ぐ人だが、別に神輿のように担ぐわけでも、荷物を背負うわけでもない。
 帽子を玄関先の台の上に乗せている。椅子のようなものだ。台というほどではない。一寸置く場所が欲しいときに買ったものだが、今では帽子置きになっている。夏でも冬でも帽子を被って外に出ている。これは一度習慣になると、頭に何かを乗せていないと落ち着かない。それよりも寝癖がひどいので、それで隠しているようなもの。
 その帽

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風の宿

風の宿



 観光地らしいが、よく知られていない。曖昧なためだ。古い街並みが残っているのだが、これは旧街道。
 大きな幹線道路、これは国道だが、それができてから淋しくなった。
 その旧街道は今でもあるが、道が細く、曲がりくねっている。その旧街道の宿場町へ武田は来たのだが、古さが中途半端。江戸時代のものが残っているところもあるが、メイン通りにそれが並んでいるわけではなく、新しい家もある。当然だろう。しかし、

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熟れる

熟れる



 慣れたことをするよりも、慣れないことをする方がいい場合もある。「慣れないことはするものではない」と思うときもあるが、慣れていないことを上手くこなせたときは、少し嬉しい。これは慣れていることをやるよりも、よかったりする。達成感のようなものがあるためだろう。
 熟れすぎると飽きてくる。だが、飽きるのではなく、ごく自然にやってしまえるので、意識的にならなくてもいい。分かっている道をただ歩くだけ。風

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世渡り名人

世渡り名人



 岩村は世渡りが上手いとされているが、それが最近目立ちすぎるのか、鼻につきだした。褒め言葉だが、けなしているようにもとれる。
 世渡り上手なら、世の中を上手く渡れるので、快適だろう。だから悪いことではない。だが、過度なほどの世渡り上手となると、これは必要以上になり、無難に過ごせさえすれば満足という感じを越えている。
 岩村はそれが気になった。少しでも有利な、条件のいい波に乗ってきただけなのに悪

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