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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2019年3月の記事一覧

村巫女

村巫女



 疋田村の村巫女は高齢。老婆だ。この辺りの村巫女は年寄りが多い。どの村にも一人、そういう巫女がいる。これは特別な存在なので、一人。それ以上抱え込めないし、巫女は鬼道を使うため、船頭は二人いらない。迷ってしまう。一人の巫女が決定すればいい。ただ、もう今は巫女に頼るようなことはないが、本当に迷ったとき、それこそ丁半博打のように巫女に託す。
 疋田村の北にある真田村の巫女は、もっと北の方から来た巫女

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春うらら

春うらら



 森永は春になれば始めようとしていたのだが、季候がよくなると、身体も頭もリラックスするのか、緊張感がなくなり、何かをやろうという気が失せてしまった。
 新年もそうで、年が改まったときスタートを切ると決めていたのだが、寝正月で終わったので、スタートに覇気がない。そのあと真冬を迎え、気持ちは閉じた。その雨戸を開け、窓を開けても寒くない春を迎えたのだが、気持ちは開放的になるものの、頭は春うらら。緊張

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深刻劇

深刻劇



 深田は一寸面倒なことになり、それで気が重い。それは一寸したことから始まり、そこから流れが変わったのか、因果関係の無い別のこともおかしくなり出し、さらにかなり厳しいことが突然起こり、これはかなり尾を引きそうで、妙なところにはまり込んでしまった。
 悪いときは悪いことが重なるもので、纏めて来るようだ。
 それらの用事でウロウロしているとき、行き交う人々を見ていると、みんな幸せそうな顔をしている。

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僻地へ

僻地へ



 もうこれでいいのではないかと、髙浪は思った。ただ思う前にいろいろ考えあぐねてのこと。ふと思ったわけでも感じたわけでもない。いくら熟考しても調べても、最後はそう思えるかどうかで決まる。思った、思いましたでは、小学生の芸のない作文のようだが、ここが最初で最後の決定場所。まずは思わなければ話が始まらない。そして意志の決定も、意志だけでは決まらない。思わないと。または思えなければ。ということを髙浪は

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古きを訪ねて

古きを訪ねて



「古きを訪ねています」
「どのような」
「それが今回は失敗しました。がっかりです」
「事情がよく分かりませんが」
「話すのも嫌なほど」
「あなた、確か、今のものよりも古いものの方がいいものが沢山あると以前言ってませんでした」
「言ってました。しかし、今考えての昔の記憶なのではありません」
「まあ、昔に思っていたことですね。今じゃなく」
「そうです。うんと昔に思っていたことです。しかし、今の頭で

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時代アート

時代アート



「最近は古きを訪ねています」
「古代文明ですか」
「いえ、そこまで古くはありません。私が生きていた時代なので」
「じゃ、最近とは言えませんが、そんなに古い話じゃない」
「そうです」
「それで何か」
「少し前の方が進んでいる技術などあるのです。まあ、廃れた技術なんでしょうが、必要がなくなれば、そこで終わるんでしょうねえ」
「ほう」
「少し前の本などもそうです。今の作者が書いたものなどはそれに比べ

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岩場の行場

岩場の行場



 山沿いの住宅地。ここは上へ行くほど金持ちの邸宅が多かったのだが、最近はその上まで家が這い上がっている。この辺りは里山で、持ち主がいる。それを売ったのだろう。そのため、今風な分譲住宅が斜面にへばりついている。その向こう側にも当然山は続いているのだが、そこは国有林。一応国立公園の一角だが、それらしきものはない。この山地そのものが国立公園のためだろう。そんな公園があるわけではない。ただの山。
 そ

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職務放置

職務放置



 篠原町の駅裏に古いビルが結構ある。西洋風レトロビルではなく、戦後適当に建てたような三階程度のビル群。エレベーターなどはなく、雑居ビルだが店舗よりも事務所が多い。といってここはビジネス街ではない。駅の正面はドーナツ化現象で、駅以外が目的で来る人は希。
 吉田の就職先は、この古ビル内のオフィス。面接などは都心で受けた。高層ビルで、ビジネス系の催し物や会場になることが多いので、馴染みのあるビル。篠

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川魚の料亭

川魚の料亭



 小雨の降る中、下田は呼び出された。雨が降るかどうかはその日になってみないと分からない。しかし郊外の外れ、さらに外れたところにある料亭。見た感じ普通のしもた屋。しかし、周囲には何もない。既に山沿いの辺鄙なところで、大きな寺はあるが、そこからはかなり離れている。だが、交通の便は悪くはない。その大きな寺院が観光の寺なので、バスがある。そして人はそれなりに多いが、平日は静まりかえっている。市街地から

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雨桜

雨桜



「今日も雨ですねえ」
「桜のつぼみが赤くなり始めてますよ」
「花見も近いですが、最近雨が多いので、どうなんでしょう」
「晴れ間にさっと人が集まりそうです」
「やはり花見時期も雨でしょうかねえ」
「今年の春は雨が多いとか」
「ワンチャンスですなあ」
「雨でも桜は咲いているでしょ。しかし花見客はいない。雨だと中止。一人で来る人も雨だと避ける」
「しかし、聞いたことがあるのですがね」
「え、何をです

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琴の峰の山怪

琴の峰の山怪



 琴の峰を経て樽沢へ至る。
 藤田はいつもハイキングコースを通るたびに、その道標を見ている。コースから外れるため、そちらへは行かない。樽沢はかなり遠い。村に出る。だから町に戻ることになるのだが、その距離がかなり遠い。もの凄くアバウトな道標だが、嘘ではないのだろう。
 琴の峰はどの峰なのかは、ここからは見えない。峰峰の頂や、山のコブのような塊が多いため、特定できないが、一番近い峰のはず。その枝道

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古代王朝

古代王朝



「最近は古きを訪ねています」
「ほう、どのような」
「古代文明まで」
「それはまた古すぎる」
「世界四大文明以外の文明、またはそれ以前のさらに古い時代にあったとされる文明」
「そこまで行きますか」
「しかし、離れすぎているのは重々承知していますが、まあ一種のロマンでしょうなあ」
「今の暮らしとはあまり関係はないでしょ」
「なりませんなあ。しかし何処かで繋がっているかもしれませんしね。その痕跡が

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加賀の村仙人

加賀の村仙人



 前田の仙次郎は霊験があるらしい。何か妙な術でも使うのか、怪しげな薬でも飲むのか、またはそれを飲ますのか、妙な男であることは確か。こんな男が村にいると鼻つまみ者として扱われるのだが、そうはいかない。大庄屋の親戚で、遠縁ではなく、結構近い。その親は副庄屋などをしていたほどで、前田家の者なので、村人は見て見ぬ振りをしていた。触らぬ前田家に祟りなし。
 加賀百万石の前田家の領内にあるが、その前田家で

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想像するは我にあり

想像するは我にあり



 妄想は現実化しないことを意識して思い浮かべることだが、そんなことではなく無頓着に、思い付くままの想像もある。しかし、すぐにそれは現実ではあり得ないことだと誰もが悟る。だからそれを妄想だと片付ける。
 現実そのものも想像の寄せ集めのようなものだが、それが的確に機能し、それで動いているのなら、これは現実だろう。本当の現実は別にあったとしても、日常の頭ではそれを見るのは無理。分からないのだから、分

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