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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年8月の記事一覧

あなたが変わる

あなたが変わる



「あなたが変わらなければ何ともなりません」
「変えなければ駄目ですか」
「そうです」
「そちらが変わるというのは駄目ですか」
「そちらとは、私のことかね」
「そうです」
「変えないといけないのはあなたです。私じゃありません」
「でも、そちらが変わればこちらは変えなくても済みますが」
「それはできません。私があなたのために変えると、大勢の人が影響します。私一人の話ではなくなります。全体が狂ってし

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磨崖仏

磨崖仏



「この道を行くと何処に出ます」
「はあ」
「だから、この道はどこへ繋がっていますか」
「行き止まりですよ」
「別の道と繋がっていないのですか」
「そうですよ」
「何処で行き止まりになりますか」
「山」
「山道があるでしょ」
「崖です」
「崖沿いの道とかがあるでしょ」
「ありません」
「じゃ、本当に行き止まりなんだ」
「そうですよ」
「その行き止まりの手前には何があります」
「家です」
「じゃ、

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廃寺巡礼帳

廃寺巡礼帳



 都から遠く離れた草深い田舎ではないが、草は多い。本来ならこの時期稲の穂が出だす頃だが、その場所に草が生えている。稲も草だが植えたもの。人の手が加わっている。
 田村は草地の畦道を歩いている。稲の代わりにアワやヒエだろうか、それが隅ではなくメインの田を覆っている。
 畦が十字路のようなところに、ちょっと膨らみがある。肥だめ跡などがあるが草で小高く見える。そこを農夫が通りかかった。
「東福寺は何

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ミノタウルス

ミノタウルス



 箕田はその業界では小者で、ぱっとしないのだが、長くその業界にいるため、いろいろなことを知っている。
「最近高島さんが凄いですねえ。あれは行きますよ」
「わしもよく知っておる。見込みのある若者だと思っていた。よく気が付く男でねえ」
「箕田さんの弟子だったのですか」
「いや、そうじゃないが、手伝ってくれたことが何度もある」
「大山さんも褒めていました」
「わしは大山さんの手伝いをしたことがある」

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散歩将軍

散歩将軍



 閑職。ここでは閑な仕事ではなく、あまり大したことのない役職に飛ばされた人の話だが、将軍だ。この時代の将軍は多数いる。官職だが与えすぎたのだ。そのため、官職が閑職になった。
 橘は国境の警備。これは非常に多くある。国境警備なので、重要な仕事なのだが、橘の任地先と隣接する国はないに等しい。だから一番手薄。敵が攻めてくる気配もないし、その気もないのだろう。
 要するに橘は辺境の僻地に飛ばされたのと

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青いバナナ

青いバナナ



 根本は朝から調子が悪い。何かいつもと違う。そういう日がたまにあるので、気にはしていないのだが、元気のない一日になりそうな気がした。一日ですめばいいのだが、三日程続くこともある。それ以上だと悪いところがあるのだろう。
 続いていた晴れの日が終わり、どんよりと曇った空になっている。低気圧のせいかもしれない。といって気圧計など持っていないので、天気情報を見るしかないのだが、そこまで気にするようなこ

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天への階段

天への階段



「それは暑い暑い夏の日じゃった。こんな日は大人しく家にいるべきなのじゃが、魔が差したのか、陽が差したのかは定かでないが、急に思い立ち、家を出た」
「家で大人しくしていればいいのに」
「うん、そうなんじゃがな。それはよーく分かっておるのじゃが、そういう気になった。だから魔が差したのじゃ」
「それは本来やるはずのない悪いことをふとやってしまうようなことでしょ。暑い中、外に出るのは悪いことだとは言え

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十三家

十三家



 秘境探検家の高橋はその日も郊外の町を歩いていた。秘境といっても山の中にあるわけではない。街中にある。街中の何処に秘境などあるのかと問われるが、よく見るとあるのだ。ただ地形的なことではない。しかし、地域性に関係するものが含まれていると、根が深い闇がそこにある。
 葬式でもあるのか年寄りが大勢歩いている。きっちりとした身なり。場所は旧村道だろうか、少し古い家が並んでいる。しかし羽織袴の人が多い。

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跳び飛車

跳び飛車



「ここと、ここの間を狙いますと、別のものができます。しかし間ですからねえ。近いものしかできませんが」
「でも別物でしょ」
「ほんの少しね。しかし、似たようなものです」
「はい」
「次は新しくできたそれと、お隣のものとの間を狙います」
「狭いですねえ」
「最初に狙った中間は、それなりに間隔がありました。そのど真ん中にもう一つ加わるわけです。より狭くなりますので、より、よく似たものが並ぶのです」

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路地に消えた

路地に消えた



 高橋は怪しい場所を探索するのが趣味だが、これは悪趣味。人が怪しい、または怪しめると思えるようなものは、あまり見られたくないようなものが多い。覗いてはいけないし、遠慮すべきだろう。それは単に好奇心の発露にしかすぎないので。
 とはいうものの好きなことはやめられない。それに怪しい町といっても、大したことはない。
 その日も高橋は匂いそうな道を歩きながら怪しい気配を何となく間接的に嗅いでいる。いき

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秋立たず

秋立たず



 夏の盛りが過ぎた頃、成田はそろそろ動き出さないといけないのではないかと思うようになった。思うだけ勝手、好きなことを思えばいいのだが、暑いときはそんなことも考えなかった。暑いので、全てを暑さのせいにすることができた。そして毎年だが立秋を過ぎる頃になるとクールダウンするのか、熱だれを起こしていた頭がすんなりと動き出す。これは危険だ。ぼんやりとしている方が成田のためなのだが、本人はそう思っていない

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並木坂

並木坂



 並木坂というありふれた名の坂だが、意外となかったりする。ありそうでない。名はありふれているのだが、そう呼ぶ人がいなかったりする。
 この並木坂の並木はイチョウで盆栽のように刈られている。これが広々とした寺社などの敷地内にあれば、大木になっていただろう。枝葉が拡がっても邪魔するものがない。ところが町の道路ではそうはいかない。電線にかかったりするため、切り取られる。幹だけは太くなるのだが、電柱が

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タニシ目の男

タニシ目の男



「どうも吉田君の様子がおかしいのだが、どうかしたのかね」
「別に変わったところはありませんが」
「目が泳いでいるんだがね」
「目が」
「そうだ、何か理由でもあるのなら、教えてほしい。得体が知れないんだ」
「そんなこと心配する必要はないですよ。仕事に支障はありません。素直だし、真面目だし」
「じゃ、あの目は何だ」
「そんな目、してましたか」
「監視しているわけじゃないがね、たまに吉田君を見ると、

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古川橋の怪

古川橋の怪



 境内が広いのか、近道として近くの住民が通り抜けることが多い。門はあるのだが、夜中でも開いている。住職夫婦と老僧がいる。寺男と言われている下男もいるのだが、これは通い。賄いも通いの町の女房。それでは物騒なので、侍を雇っている。所謂寺侍。もっと昔なら僧兵が警備をすればいいのだが、弁慶が活躍していたような時代ではない。
「古川橋に妖怪が出ると聞いておるのじゃが、行って見てきてくれんかな」
「それは

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