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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2018年2月の記事一覧

自然流

自然流



 久岡は同じ手しか使わない。そのやり方は単純なもので、技とも芸とも言えぬ代物。誰にでもできることだ。相手は安心している。よくある手の中の一つしか使わないため、対策が簡単。それにその必要もないほど安っぽい手。
「技を教えたはずだが」
「はい、習いました」
「どうして、それを使わない」
「さあ」
「さ、さあとは頼りない。しかとした方針でやっておらぬのか」
「師匠から教えられた基本を守っています」

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突然の闇

突然の闇



 日は既に暮れている。夜道を金田は自転車で走っていた。仕事が遅くなった。まだ明るいうちに帰るのが日課になっていたので、この暗さに慣れない。同じ道なのだが、暗いと様子が違う。
 急に真っ黒になったので、金田は慌ててブレーキを引いた。前が見えないほど暗い。自転車のランプは自動なので、点いていたはず、故障かもしれない。しかし、道が見えないほど暗い。住宅地の道なので、外灯は灯っているはず。
 ガシャン

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コンサル事務所

コンサル事務所



 事務所で仮眠していた吉村はきっかけもなく目が覚めた。誰にも起こされることなく自然な目覚めだが、事務所には誰もいない。元々一人だ。
 寝起きは悪くない。すっきりしたが、それで仕事に戻り、冴えた頭で取り組めるのだが、仕事が、ない。
 しかし、これが吉村の日常になっており、最初からそうだ。そんなことではやっていけないのだが、実は仕事などしなくても食べていける。
 それならしなくてもいいのだが、吉村

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気分の決壊

気分の決壊



 やっていることは同じことでも気が乗らないことがある。やり方や機能は同じでも、昨日とは違う。中身ではなく、別の問題で気が乗らないのかもしれない。当然気分が悪いときは、気の乗りも悪いだろう。何とか乗り切る程度が目的になったりする。その過程は普段よりも苦しいかもしれないが、調子が悪い中でもやり遂げた場合は、気分の悪さも改善するかもしれない。
 この気分は体調的に気分が悪くなった悪さだけではなく、当

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病院前の喫茶店

病院前の喫茶店



 まだ春が来たわけではないが、暖かい昼間。食後の散歩で立ち寄る喫茶店が休みなので、木下は別のコースへ向かうことにした。
 その喫茶店は年中無休なのだが、モール内にあり、そこがメンテナンス関係で年に二度ほど全館休館になる。木下は毎日そこへ寄っているのだが、結構遠い。自転車による散歩なので、そんなものだ。これが徒歩散歩なら、そこまで行かない。
 モールのある方角とは逆側へ行くことにしたのだが、その

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荒蛇ノ尊

荒蛇ノ尊



 まだ田畑や農家が残っている住宅地に引っ越して来た田淵は、暇なので近所を探索するのが日課になっていた。引っ越し先はまだこんなボロアパートがあるのかと思うような建物で、家賃が安いことで決めた。その目的は隠れ家。しかし実際には仕事場なのだが、これは名目で、仕事など殆どしていないというより、ない。だから暇。
 農村時代の農家は神社の周辺に集まっている。住む所と田畑がはっきりと分離している。その田の殆

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うすらひの精

うすらひの精



 薄ら氷が張っている。この地方では珍しい。薄ら氷は春先に張る薄い氷、この地方では真冬でも人が乗れるほどの氷は張らない。
 立花は光るものが見えたので、何だろうかと近付いた。稲刈り後、そのまま春まで待っている田んぼで、稲株だけが点々と残っている。当然だが水は抜いているが、水溜まりができる。そこが光っている。しかし、水溜まりの輝きよりも切れがあり、鋭い。滅多に氷など見たことがないので、田んぼに足を

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ダンジョン喫茶

ダンジョン喫茶



 何かを成したあとよりも、何かを成す前にウロウロしていた頃を岸和田は懐かしく思えてならない。
 これは初心の頃だろうか。まだ何もできていない時代、これからそれをやっていこうと決心した程度。ものになるかどうかは不確実、未知の世界が待っている。それだけに心が弾む。そのための準備などをやっていた頃が、妙に懐かしい。
 その頃、よく行っていた場所がある。これは将来のために役立つはずだと思い、普段なら行

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国民養生村

国民養生村



 三島は体調が優れないので、養生することにした。国民養生所というのがあり、そこに申し込んで当たった。審査はなく抽選だったようだ。
 南の斜面に建つ施設で、麓まで茶畑が続いている。休暇村のようなものだが、レジャー施設ではない。施設内に目立った建物はなく、廃村をそのまま施設にしている。だから何人かが一つの農家で暮らすのだが、空いている農家の方が多く、一人で来た人は大きな農家で一人暮らしができる。

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反応の人

反応の人



 深見は名は深いが深く考えない人だった。殆どが反射神経だけで生きているのだが、これは意識的に考えないだけ。動物的な神経に近く、これは生命体としてはもの凄く大事なこと。しかし、人としてはどうなのかとなると、これは問われる問題だ。
 自律神経的に勝手に作用する反応ではなく、少しは考えた上での反応もある。ただ、あくまでも反応なので、浅い。印象だけで決めたり、習慣で自動化されているものを踏み続けた。

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華の時代

華の時代



「どんな人にも華の時代がある」
「私にもですか。しかし、そんな時代ありませんでしたよ。もう先はそれほど残っていませんし」
「咲き誇っていた時代があったはず」
「なかったです。だからこの先にあるかもしれませんねえ」
「いや、確率としては若い頃から壮年までの間が多い。よく思いだしてみなさい」
「じゃ、咲いていたことに気付かなかったのでしょうか」
「そうです。だからよく思いだしてみてください。よかっ

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夢は畦道を駆け抜ける

夢は畦道を駆け抜ける



 幾年月かが過ぎていたが、それに気付くようなものがないと分からないようだ。浦上は浪々の身のまま十年以上経つ。今ではそれが当たり前のことだとは思わないものの、日々、思うようなことではなくなっていた。慣れたのだろう。
 浪人であっても武士は武士、武家としての身分はあるが、浪人では何ともならない。それに最近は二本差しの侍を見ることも少なく、接することも殆どない。そのためか、丸腰、つまり刀を差していな

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白根峰西へ一里

白根峰西へ一里



 白根峰から西へ一里とある。白根峰は高い山塊ではないのだが、雪が積もる。豪雪地帯ではないが、大陸方面からの寒風の通り道なのだろう。まるで日本海側からの風を羽を広げて受け止めているような。それで白根峰と言ったらしいが、実際には白樺の森があり、遠くから見ていると雪のように白いためだとも言われている。標高はそれほどないし、冬場ずっと雪を被っているわけではないので、白樺説が正しいのかもしれない。今は白

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夢は老いない

夢は老いない



「寒いですなあ」
「こんな日は気も滅入ります」
「寒いですからねえ」
「そうです。全ては寒さのなせる技」
「技ですか」
「その技で決められました」
「寒さに負けたのですな」
「一本も二本も取られましたよ」
「若い頃はどうでした」
「何ともありませんでしたね。暑くても寒くても。これは野心があったからでしょう。目的がね」
「ほう」
「目的というよりイメージですなあ。これをすればああなるこうなると、

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