リスベットの世界

            「だって、あたしがここにいたいから」
                         ――リスベット

 耳をつんざくエスニックEDM。お立ち台ではとびきりの美女が肢体をくねらせ、LEDタトゥで光の軌道を描いている。
 金曜の夜だから、「666(サブロク)パラベラム」のフロアは公共ドラッグか密造酒でブッ飛んだ客でいっぱいで、前後不覚のカラーギャングと千鳥足のビジネスマンが衝突して将棋倒し。悲鳴と歓声と共に、人の塊がVIPルームのガラス壁をぶち破って、あたしの隣に立っていたマザー・ユリをぺちゃんこにした。
 彼女の最期の言葉はこう。
「いかがですか廃都卿。こちら、けさ十八歳になったばかりのとっておき。ご覧下さい、このなめらかで清潔な肌……青い静脈の美しいこと。一時間前の血液検査の結果はすべてが正常値――いえ、理想値となっておりますわ。さらに輸血の経験はございませんし、サイバーウェアも埋め込んでいません。それどころか骨も歯もぜぇーんぶ自前! 正真正銘、生まれたままの少女! もちろん処女ですのよ」
 そして、ぺしゃん。
 最低最悪の修道女、永遠の命欲しさに孤児を“不死者”に供し続けたくそばばあ、ここに死す。
 何が最悪って、センスが最悪だよ。今のあたしときたら、身に着けているのは頸と手首に結わえたレースのリボン。それから、靴底だけが濃いめのピンクに塗られたロリータ風の真っ白いハイヒール。それだけ。
 こんなきわどい格好で登場したのに、廃都卿は長い睫毛を揺らすことすらしなかった。電脳化してクラウドに座する奴らの関心は、ファックよりも吸血にあるらしい。
 そう、血だ。どくどくと脈打つ、あたしの価値。
 気が付けば、生きている客は再びフロアにまろび出て、死んだ客は台車に積まれ、複眼複腕の黒服どもに運び出されていた。ガラス壁の代わりに防火シャッターが下りて、轟音が遠ざかると同時に血の臭いが迫ってくる。部屋の中には“不死者”とあたしの二人きり。
 廃都卿の目が開く。
 ――あたしはまだ安全じゃない。

【続く】

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書いたり読んだりして生きています。