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小説(SS) 「やってはいけない二重人格ごっこ」@毎週ショートショートnote #2,000字のホラー

//お題 二重人格ごっこ


 しばらく音沙汰なかった娘夫妻が、お盆をだいぶ過ぎた頃になって急に里帰りしてきたかと思えば、孫をひとり私に預けて、車でどこかへ出かけてしまった。

 日も暮れたというのに、なんの用事があるのか、な〜んて思ったが、かわいい孫とふたりきりの時間というのは、それはそれで悪い気がしなかった。

「おばあちゃん、二重人格ごっこしよ!」

 さっきまで畳の上で腹ばいになってお絵描きをしていた孫の悠太が、紙と色鉛筆を置いて立ち上がった。
 きらきら目を輝かせながら、一緒に遊ぼうと瞳で訴えかけてくる。うんうん、聞いたことない遊びだけど、もちろんやる! おばあちゃん、気合を入れちゃうよ〜!

「ルールはこう! ぼくが二重人格になるから、おばあちゃんも二重人格になって、お話するの!」

「あらまあ、いいわねえ〜。でもおばあちゃん、どんな二重人格にしていいか、わからないわあ」

「なんでもいいって! 早くやろ!」

「ん〜〜、ちょっと考える時間いいかしら?」

「さっさとするんだ、耳が遠いのか?」

 あ〜っらま。もう始まってるみたい。
 ちょっと声も低く出してて、かわいらしいこと。それにこの二重人格さんは、だいぶ毒舌ね。
 私も負けちゃいられない。青春時代に見聞きした全てを、いまここでぶつけてみせるわ!

「わたしは、マリウス! 女としてこの世に生を受けるも、男として育てられた騎士である。そう、父親は男が欲しかっ――」

「黙れ! そんなことは聞いていない!」

 あ〜っらま。なんだかノリが難しいわあ。
 でもかわいいから、おばあちゃんはとことん付き合います!

「低い美声の持ち主、そなたの名はなんと申す?」

「よくぞ聞いた。おれの名は……ぐああああああっ、うっ、ぐ、ぐがあああっ、ううううううう!!!」

 悠太が突如、頭を抱えて呻き始めた。畳の上でのたうち回り、歯を剥き出しにして顔を歪ませる。さらには髪を掻きむしり、奇声を上げて発狂する。

 どうやら、二重人格を刺激する質問だったみたい。それにしても、なんという演技力! 四歳の子どもとは、到底思えない。もしやこの子ったら、天才子役になれたりするんじゃないかしら……!?

「や、やめるんだ! これはぼくの体だぞ!」
「黙るがいい、なにも知らぬ少年よ。お前の体は、おれがいただく」
「くっ、やめろ……! ぼくの心を引き剥がすな!」
「お前の出番は終わった。あとはこのおれに身を委ねるがいい」
「う、うぐああああっ! や、やめろおおおっ!」

 悠太は悶絶しながらひとり芝居をしばらく続けると、気を失うようにして畳へ倒れ込んだ。
 だ、大丈夫かしら……? ちょっと、熱がこもりすぎじゃない……?

「この機会をずっと待っていた」

 そう言いながら、悠太はむくりと立ち上がった。先ほどの子どもらしい雰囲気はどこかへ消え、その表情もどこか大人びたものになっていた。

「茶番は終わりだ。これで邪魔者もいまい」

「(まだ続いてるのよね!?)
 私の名はマリウス。改めて、そなたの名は――」

「違うだろう。お前は、元永フミヱ。61歳だ」

「えっ?」

「おれがわかるか? おれは、十年前にくだらない金のやりとりでお前に殺されたあんたの息子だよ」

 冷や汗が、全身から溢れ出るのを感じた。
 誰にも見つからぬように処理したはず。

 それを、四歳の孫が知るはずがない。

「おれは、復讐するためにきた。お前が大切にする、この孫の命を奪ってやるよ!」

 悠太の姿をしたそれが、畳に置かれた赤い色鉛筆をつかんだ。そして、そのままの勢いで自らの首へその先端を突きつける。

「待っ――!」

 言い出すと同時、私は無意識に全身でタックルしていた。悠太の体が、台所の方へはじき飛び、シンク下の扉に強打する。

「このアマァ!!」

 悠太の手が、包丁を取り出した。こちらへ投げてくる。だが、咄嗟に触った座布団で防ぐ。
 落ちた包丁を拾い上げ、悠太の体へめがけて距離を詰める。悠太は、背中を打った衝撃で動けずにいるようだった。先ほどの一擲のあとは、片手を満足に上げられずにいる。

「そうだ、おれをやったときのように刃物で刺せ! お前の孫を! ひと思いにやるんだよ!」 

 息を荒らげながら睨み合う。
 私にはできない。孫に手をかけるくらいなら、この命を差し出す。私の命は、孫より軽い。それに、この男の復讐は私に対するもの。私さえいなくなれば――

 ふいに、家のインターホンが鳴った。
 それは娘夫妻の帰りを報せる音だった。

「ちっ、今日はもう限界か。だが次こそは、この孫の命をお前の前で奪ってやる」 

 そう言い残すと、悠太はふっと全身から力が抜けるようにその場で気を失った。
 私は荒れた部屋を素早く片付け、孫を居間で寝かせると、玄関の方から聞こえる娘夫妻の元へ向かった。

 今日のことは、誰にも知られていない。
 だけどもう、孫と会うのは危険だろう。
 二重人格ごっこをすることも、もう二度とないのだと思う。

〈了〉1,994字





なんとか書き上げられました。。
ホラーにしようしようとして、最後の一文で落とそうとしていたのですが(二重人格ではなく、憑依だったというとこで背筋を凍らせようと)、それはそれで間がすっかすかになってしまい、ホラーらしからぬアクションが入ってきてしまいました。

オチ含め、怖さがなくなってしまった気がしますが、ホラーと無理に関連づけず、楽しんでいただければと思います笑

ではでは、また来週〜

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