「引き出し」の中身をさがそう

クオリティはともかくとして、毎日ひとつは書こうと思っているのだが、日曜日が案外文章を書くというのが難しい。
そして昨日は日本中が悲しむ訃報をしり、書いた文章があまりに動揺していてボツにした。
今も下書きとして置いてはあるけど、陽の目を見る事はないだろう。

誰にでも平等に一日24時間が与えられている。
無駄遣いしてるなぁと思う事が多々ある。
この年齢まで生きてきて、いつまでもこんなに下手っぴに日々右往左往してるんだろう?と常々思う。

思いつつも、やっぱり自分の中のアンテナがピピっとなにかをキャッチすると、それを探求せずにはいられない。
そしてあまり飽きる事なく、自分の中に沸いた好奇心をこつこつ育てていきたくなる。
それ故にどれもこれも抱え込んで、ますます時間が足りなくなる。

人生、アラフィフと言われる頃まで来て、
あとどれくらい時間があるのかわからないけれど
死ぬまでに、もっともっと面白くて愉快な事がつまってる人になりたいんだ。
身体は老いて劣化するばかりだとしても、心はいつまでも瑞々しく自分の中の引き出しにありとあらゆる知識や興味や思い出やユーモアをパンパンにつめていきたい。

それを忘れなければ価値観も生き方も違う誰かのネガティブにさせる言動は
取るに足らない事に思える。(少なくともその時だけは)

日々自分が発信していく諸々。
Twitterでのツイートも、顔見知りと交わすわずかな会話、車を運転していてすれ違う人に譲る一瞬のコミュニケーションも。
大げさだけど、そういうすべてが自分の人生を作ってる。
絵で言えばそれらが一筆一色の彩り。
音楽で言えばハーモニーでメロディーでリズム。
本で言えば一節。

ついつい、忘れて消してしまいたくなる言動もあるけど。
どれも油性マジックで刻まれていくのが人生。
書けるけど消せない。

だから、少しでも残してよかったと思えるように
心の中を豊かで温かいもので溢れるように
引き出しに入れていくものを毎日探そう。

うんと歳をとった時、いい顔で笑えるように。
尋ねて来てくれる若い人たちに、少しでも依るべき大樹となれるように。

と偉そうに書いても、また明日も
ささいな事にイライラしたり凹んだり
知らないうちに誰かに不愉快な想いをさせてしまったりするんだけどね。
そういう未熟さがずっとある自分なんだというのも忘れないでいよう。
そしたら、誰かの未熟さにも笑って許せるようになれるだろうから。


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