ある作曲家(私マルヤマカズノリ)の問題な人生

4歳くらいからの音楽的才能への親達の評価から始まって、芸大附属高から芸大作曲科を経て作曲編曲家の仕事をやりながら国立音楽大学教授の定年まであと1年半を迎える2022.5.30に、いまの私の心の内側と外側の世の中について、コメントしようと思う。これから何回かに分かれる事になる。
いま、クラッシック業界に行こうとは思わないけど、クラッシックもポップ化し、聴かれるのは悪くはない。
またYouTube とApple Music で簡単にクオリティーの高い録音で何でも聴けるのも悪くない。
ただ、録音が良い、というのが、素晴らしい音楽だとされる傾向にある。これは、音楽が良い、とは別の概念だから、だいぶ聴く側が混乱している。
では、何が良い音楽か、という事になるが、この好みが左右する基準も説明出来ないが、良い音楽だと判断するには、それなりの耳の洗練、鍛錬、学習、或いは持って生まれた耳のセンスが必要なんだと、これは確かだ。
これについては、オリジナリティを嗅ぎ取る力、または、自分が新しい音楽的世界を少しでも生み出していける感覚を持っているか、に関わるので、私の過去の思い出から次回から書こうと思う。今日はこのへんで。

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