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16 三島の酒カクテル

数年前、静岡県の三島まで行ったときのこと。

自宅のある松戸から鈍行を乗り継いで、およそ三時間弱。三島に着いたのはちょうどお昼頃だった。青空の下、駅前で電動アシストサイクルを借りて、漕ぎ出した。

電動アシストサイクルにはこのとき初めて乗ってみたのだが、これはたいしたものだねえ。ぐっとペダルを踏み込むと、何者かにうしろから押されるように、すいっと前へ進む。三島はそれほど高低差のない土地だけれど、電動アシストサイクルで走っていると、どの道もゆるい下り坂のように感じられる。これは子供を乗せたお母さん方は楽だろう。

いつもの習性でブックオフ静岡長泉店、ハードオフ静岡三島店と覗いて回るが、この日の本当の目的は古本でも中古レコードでもない。「さわやか」のハンバーグを食べることだ。

さわやかとは、静岡県一帯にある熱々のハンバーグを食わせるファミリーレストランだ。いつかは行きたいと思っていたが、どの支店も駅から離れた場所にあるので、クルマでないと行きづらい。なら、クルマを飛ばして行けばいいじゃないかという外野の声が聞こえる。

そうもいかねえんだ。ハンバーグ食ったあと、三島の街で酒場巡りもしなきゃなんないからね。これは酔っ払いの義務だよ。それで、東京方面からもっとも近い「駅から徒歩で行ける支店」を探した結果、三島の「さわやか長泉店」を見つけたというわけだ。

ただ、徒歩で行けるといっても駅から約2キロはある。歩けない距離ではないが、電車内で原稿を書くためのノートPC、ブックオフで買うことになるであろう古本などを抱えて歩くのはちょっとしんどい。それで電動サイクルを借りたのだ。

さて、ひとしきり三島の街を徘徊して、さわやかのハンバーグを食うという目的も果たした。

えっ、もう食べちゃったの? ハンバーグをつまみにする場合、どんな酒を選ぶべきか、どういう段取りで酒を飲むと楽しいか、そういうことを語るんじゃなかったの? と、またまた外野の声が聞こえてきた。

それもいいんだけどさ、この日は初バーグを済ませたあとに愉快なことがあったので、ここからはそれを書こうと思うのだ。

ぼくは駅まで戻り、レンタサイクルを返却する。この時点で時刻は16時。帰りの時間まではまだ余裕がある。そこで、この街のどこかで一杯やっていこうと考え、三島の飲み屋街をブラつくことにした。

レンタサイクルでうろつき廻っている間に、三島は駅の南口、三島市民文化会館の東側に飲み屋が集中しているらしいと当たりをつけていた。そこで、今度は徒歩でそちらへ向かってみる。だが、まだ時間が早いせいもあって、開いている店がない。一軒ちょっと気になる店はあったが、そこも営業開始までまだ1時間ほどある。それなら喫茶店で時間でもつぶすかと、駅の方へ向かうと、駅前通りで非常に気なる暖簾を見かけた。そこには、こう書かれていた。

「昼から居酒屋 魚料理 海幸」

とてもナイスな心意気である。暖簾が俺を呼んでいる。これは入ってみるしかない。

一般的に、暖簾をくぐればその向こうはすぐ店内……であるはずなのだが、そこはなぜか無人で10メートルほどの通路が続いていた。店内の様子が判断つきにくい廊下をずんずん進むと、店内が見えない厚いドア。鬼が出るか、蛇が出るか。意を決してドアを開けた。

店内はそこそこ広い。おそらく元はスナックだったと思われる造り。暖簾には「居酒屋」と書かれていたし、店名は「海幸」だった。そこから想像していたのとはずいぶんイメージが違う。テーブル席は4つほどあるが、誰も座っていない。

左手のカウンターには、地元の常連客であろうおばちゃんと、仕事帰り風の紳士の二人だけ。東京から観光で来た旨を告げると、優しそうな店主が「せっかくですからカウンターでみんなで飲みましょう」と言う。この時点で、先ほど見つけたあとで行くつもりの店のことは予定から消滅。基本的に酒場で他人とは交流したくない性分のぼくだけれど、旅先でならこれもまたよし。

三島という土地柄、魚が自慢だというので、鮪の刺身を注文。となれば、ビールよりも、酎ハイよりも、日本酒だ。地元の3種の酒が飲み比べられるセット(1000円)があるというので、それでいこう。銘柄は富士錦酒造の三島小町、万大醸造のあらばしり、土井酒造の開運。日本酒に関しては、味や銘柄に何のこだわりもないが、いろんな味を楽しめるのはいい。

店主は焼き魚でも乗せられそうな細長い皿を取り出し、カウンターに置く。その上に形の異なるコップを3つ並べ、左から順番に各銘柄の酒を並々と注いでいった。

普通ならここで「三島小町は米の甘みがすっきりと……」なんて味の感想を書くことになるわけだが、そういう素人の書くグルメ文章がぼくは苦手ときてる。そもそも味音痴な自分がそんなことを書いたところで何の参考にもなりゃしない。

酒はどれを飲んでも、いつ飲んでもうまい。鮪、酒、鮪、酒、鮪、酒、鮪、酒……と、瞬く間に飲んじゃったよ。でも、この日いちばんうまかったのは、3つのコップの酒をすべて飲み終えたあと、皿にこぼれた3種の酒が混ざったカクテルだった。実に甘露なり。

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