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14 ネコで飲む

猫、お好きですか? ぼくは好きですねえ。もう、大好き。

昔は犬派だったけど、結婚して女房の実家に住み始めたら、その家に5匹が棲みついていた。動物好きの女房が飼っていたんだけど、庭が広い家で、出入り自由にさせていたから、飼う、というよりも「棲みついていた」という感じに近い。

途中、仕事の知り合いから子猫をもらって、それが大きくなったら4匹仔を産み、最盛期には10匹近い猫を飼っていたことになる。猫屋敷か。

家に猫がいることの何が幸せかといえば、晩酌の時間である。

たとえば、煮穴子なんかを肴にして燗酒をやってるとしよう。箸でつまんだ身を口に放り込み、ぐい呑みに注いだ酒をきゅっとやる。うまいっ。すぐ横には猫が丸まって寝ている。煮穴子の甘味と、酒の旨味を味わいながら、すぐ横で丸まっている猫の背中を撫でる。奴は鳴くね。「ニァナゴ」。

猫を飼っていれば、いつでも「猫酒」が楽しめるわけだが、あいにくいまの我が家には猫がいない。そこで重宝するのが、猫のいる居酒屋だ。

10年ばかり前のことだ。ネットで知り合った仲間と浅草で飲んだ。2軒目か3軒目かは忘れたけれど、はしごの途中で入った店が猫酒場だった。さほど広くはない店の半分が座敷で、そこに3匹ほどの猫がゴロゴロしていて、猫、触り放題。でも、酔った足でたまたま見つけた店だったから、翌日、飲んだメンバーの誰も場所はおろか店名すら覚えていなかった。これもひとつのNeverland Dinnerだ。

かつて、稲田堤にあった「たぬきや」には、ミーちゃんという看板猫がいた。おとなしくて、人懐っこくて、とても可愛い奴。たぬきやの椅子はベンチスタイルで、4人くらいが並んで座れるような長さのものだった。客が飲んでいると、ミーちゃんはトコトコと歩いてきて、客と客の間にピョンと座る。客が撫でても逃げようとしない。つまみがなくても、ミーちゃんで飲める。この、たぬきやも、いまはもうない。

もうひとつ、浅草の話。六区にあるホッピー通りは、昼から飲める酒場が立ち並ぶ人気の酔っ払いスポットだ。ぼくも以前はよく利用していた。けれど、最近はトントご無沙汰。なぜなら、その少し先、初音小路に最高の隠れ家を見つけてしまったからだ。

店名は書かない。たまたま迷い込んで、その静けさに惹かれて入った小料理屋が大当たりだった。

昼からやってるその店、女将さんが3人いる。間違いなく全員70歳は超えてるであろう。どの人が女将さんかはわからない。いちばん口数の多いねえさんがそうなのかな、とは思うが、問い質したりはしない。

で、その上に、もう一人ボスがいる。こちらは推定年齢90歳オーバー。店を切り盛りする女将さん方が「大(おお)ママ」と呼んでいたから、この方がオーナーなのだろう。カウンターに立つことはなく、開け放した店の外に置いた椅子に座り、日向ぼっこしていることが多い。

もう、この人材配置だけで、ぼくはメロメロだ。4人合わせて約300歳。そんなところに客なんか来るわけがない。でも、若い女の子がいるような店にはまったく興味がなく、できるだけ静かな店で飲みたいぼくにとって、ここは天国のようなところだ。

初めて暖簾をくぐったときは、かなり警戒された。そりゃそうだろう。彼女たちから見れば、ぼくなんか若造だ。こんな地元の年寄り相手にやっているような店に、見知らぬ若造が来るなんて怪しいに決まっている。それでも、ぼくもいい年になって多少は図々しくなったのか、気にせず二度三度と通い続けた。

酒はビールと清酒と焼酎とウイスキーしかない。肴も煮物と焼き魚と納豆とか、そんなものしかない。でもいいじゃないか。日向ぼっこする大ママの背中を見ているだけで、いくらでも飲めるから。

ぼくが店に通っていて、他に客がいたのは一度しかなかった。それでよくやっていけるなと思うが、女将さん曰く「うちはここの土地持ちだから。客なんか来なくていいのよ」だって。そうか、全員年金ももらってるだろうし、家賃もかからないなら売上なんかどうでもいいよね。

そして、この店にも猫がいた。

名前は聞きそびれたが、白茶のニャンコだった。気まぐれ猫で、座敷で毛づくろいをしていたかと思えば、フラリと出て行ってしまったり、ときには日向ぼっこしている大ママに抱っこされたりもしていた。夏場は、タイルの床にペタリと寝そべり、お腹を冷やしていたっけ。やがてぼくはこのニャンコを目当てに店に通うようになった。

何度目に訪問したときだったか。ニャンコの姿が見えないなあ、と思いながら飲んでいた。ふと、トイレを借りるために立ち上がり、座敷の横を通りかかると、小さな段ボール箱が置かれているのが目についた。蓋が開いていたのでチラッと中を見たら、花に埋もれてニャンコが寝ていた。

そのときはなんと言っていいのかわからず、黙って勘定をして店を出たが、駅に向かう間に感情が込み上げてきて、花屋に飛び込んで白い花を何本か買った。店に引き返して、ダンボールに花を捧げた。

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