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『バイス』

「マネー・ショート 華麗なる大逆転」のスタッフ&キャストが再結集し、ジョージ・W・ブッシュ政権でアメリカ史上最も権力を持った副大統領と言われ、9・11後のアメリカをイラク戦争へと導いたとされるディック・チェイニーを描いた社会派エンタテインメントドラマ。1960年代半ば、酒癖の悪い青年だったチェイニーは、後に妻となる恋人リンに叱責されたことをきっかけに政界の道へと進み、型破りな下院議員ドナルド・ラムズフェルドの下で政治の裏表を学んでいく。やがて権力の虜になり、頭角を現すチェイニーは、大統領首席補佐官、国務長官を歴任し、ジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領の座に就くが……。これまでも数々の作品で肉体改造を行ってきたクリスチャン・ベールが、今作でも体重を20キロ増力し、髪を剃り、眉毛を脱色するなどしてチェイニーを熱演した。妻リン役に「メッセージ」「アメリカン・ハッスル」のエイミー・アダムス、ラムズフェルド役に「フォックスキャッチャー」「マネー・ショート 華麗なる大逆転」のスティーブ・カレル、ブッシュ役に「スリー・ビルボード」のサム・ロックウェルとアカデミー賞常連の豪華キャストが共演。第91回アカデミー賞で作品賞ほか8部門にノミネートされ、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した。(映画.comより)

前日に中村淳彦著『東京貧困女子。』を読んだ。

哀しくてつらい話しかない。誰でもここに登場する女性たちのような貧困に陥る可能性がある。しかし、社会や世論は「自己責任」だとさらに追い詰める。落ちたくない奴らは罵詈雑言を吐いて、自分とは違うと思いたがる。違う意味で底辺にいることに気づかないためのドラッグとして差別とヘイト。
売春、奨学金というローン、介護、シングルマザー、精神疾患などの当事者たちが出てくる。それぞれが貧困に陥った理由は違うが、この社会の構造やシステムが大きく起因している。
非正規雇用の問題など、貧困から抜け出せないスパイラルを作り出しているのは自由主義という拝金主義者や政府とベッタリな企業だったりする。生活保護よりも給与がもらえない非正規雇用。浮いたお金は誰のポケットに入っているのか。
僕は大学も出てないし、正規雇用で働いたこともない。今やっていけているのはタイミングや運が良かっただけだ。いつでも貧困に転げ落ちる可能性があるから他人事ではない。いや、これを読んで他人事だと言い切れるやつは素晴らしい上流のエリート一族の人間だろう。よかったね、日本では革命が起こらなくて。
だけど、平成が終わるからって平成をなかったことにはさせない。させたくない。

読み終わって、大統領を操りイラク戦争に向かわせた副大統領をメインにした『バイス』を起きたら観に行こうと思った。日本でやるとしたら竹中平蔵辺りだろうか、正社員はいらないと言ったこの男が読んでる最中にチラついたからだろう。

バイス』は主人公の副大統領になったディック・チェイニーをクリスチャン・ベールが演じ、妻のリンをエイミー・アダムスが。実際にあったこと、実在の人物たちが話に出てくる。ジョージ・ブッシュ、コリン・パウエル、ラムズフェルドなんか。これが似てる。ブッシュJr.であるジョージが最初に出るシーンはああ、こいつダメな息子のブッシュだとすぐにわかる。それがアメリカの大統領になってしまったという悲劇がある。日本の現政権も同じようなものだが、というか見ているとアメリカがイラク戦争に突き進んでいった背景がわかってくる。もちろんディックやラムズフェルト辺りが要因だが、文書破棄とかやってくることが今の安倍政権と変わらない。大統領権限なんかも法に触れないところだったり、法律変えちゃったりして彼がどんどん権限を持ってアメリカを動かしてしまう。大量破壊兵器もないのに、あるように思わせて、国民に危機感を煽って、でも、戦争って敵はテロだからいないのでは?という疑問には石油もあるし、イラクってことで。だったら、みんなわかりやすいでしょ、ぐらいの、もちろん石油利権等も絡んでくる。

冒頭で飲酒運転で捕まるイェール大学を中退した若いディックは、恋人だったリンにこれで牢屋に引き取りにいったのは2回目でもう次はないと言われる。そして、彼女に捨てられないために、彼は一念発起して政界への道へ進む事になる。この映画にも所々出てくるがアメリカといえど男尊女卑があり、リンはどれだけ優秀でも出世ができないとわかっているからディックを出世させたかったし、父は母を殴ったりと横暴なひどい人間だった。ディックは再起してリンと結婚し娘を二人もうけることになった。彼は家族思いのいい人だ。それは娘たちへの思いや態度、リンの父親と最後にあった出来事などがそう感じさせる。次女の問題に関しては家族だから守ろうとして姿勢を変えなかった。もちろん、そういう部分も描かれている。

だが、考えてみればひとりの女性を愛した男が、彼女の愛に応えるために一念発起しなければイラク戦争は起きていなかったかもしれないという、「if もしも」の可能性についても当然ながら思わずにはいられない。あの時、リンがディックを振って捨てていたら?

だが、この世界ではディックは副大統領になり、イラク戦争は起きた。映画の中で語られるが、ビンラディンとフセインのイラクを結びつけるためにある人物が国連などでパウエルによって名指しされることになる。パウエルはすげえ嫌がってるけど大統領命令だから、人生で一番最悪な演説だったらしい。そして、その人物がISISを作り上げてしまう。つまりイラク戦争をするためにでっち上げ、ディックたちが利用したことで、テロ組織にいたその人物によってISISが作られてしまうわけだから皮肉を通り越している。まあ、因果応報である。そして、それに世界中が巻き込まれるという形になっている。

この映画には実は語り部がいる。最初からほぼ最後までディックについて語る謎の人物がいるのだが、途中で何度か出てくるシーンがある。それはディックがやったことに関連した場所にいたりして、あれ?これってもしかしたら『アメリカン・スナイパー』的な要素なのかしらと思っていたら実は最後にどんでん返しが待っていた。こ、こういうやりかたなのか! 確かにこのやり方なら「第四の壁」で観客に語りかけてくることが可能だし、やろうとしていたことがかなり明確にわかる。

観終わっていろいろと考えることになる。やっぱり政治家っていうのは二代三代とか世襲的に同じ家から出すと、バカが政治家になっちゃって、いろんな破滅を呼び込んでしまう。しかも、成功しちゃうと調子に乗ってしまう。そして、彼らを傀儡のように後ろで操る連中はどこにでも、どんな国にもいるだろう。そして、悪いことをする、目の前の利益や現生利益のようなもののために法律も変えるし、機密文書も破棄する。どこの国も同じようなものなのだなあ、終わってるな、と。でも、この映画を作って社会派のエンターテイメントに昇華して消費できる作品にできるアメリカはやっぱりまだ羨ましい。日本だったら絶対に作れないし、客も入らないだろう。

最後にこのいかにもリベラルが好きそうな映画に対して、映画の中でメタ的にやりとりがなされる。その皮肉も込めて、その視線があって物語が作れるということの意味の大きさを知る。

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