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神様はどこにいますか?

快晴の中の初詣は気持ちが良かったです。
神様を信じているかと言われれば
よくわかりません。

ただ、2024年から感謝をすることを
意識するようになってから
感謝の先に神様を感じるようになりました。

神様って

僕の中で明確に神様を認識していません。
僕の中の神様は幸せのことだと感じています。

神社に神様がいるのかも知れません。
でも日常の中にも神様はいると思います。
些細なことを大切に感じることで
神様に近づける気がします。

日常の中で

去年の途中から自分で幸せを
感じに行けるようになってきました。

少し言い方は変かも知れないけど
不幸を感じた時にその勢いに
飲み込まれないようになってきました。
日常で受ける嫌なことが減ったのかと言われると
多分そうではありません。
感じている時間が減っただけ。

幸せと感じる時間

幸運に繋げられるようになってきました。
何かの出来事が起きた時に
何が起きたのかを復習するようになったからです。

以前は受動的に行動していたから
流れから抜けるのに時間がかかっていました。

能動的な行動は僕の中で
流れはないように感じます。
自分の意志がない時には進まない。

もちろん繋がる人たちの中で
その人たちに同調したりすることはあるけど
感謝のポイントが違う時は割り切るように
しています。

流れがいい時ほど自分の感謝したいことを
確認するようになりました。

感謝の仕方

「ありがとう」は大切な言葉だけど、
共用しないように心がけるようになりました。

あえて共に用いると書いたのは
社会的な感謝は感性を鈍らせると感じたからです。

僕が何に感謝しているのかが
明確ではない中で
「ありがとう」をいうことも多いです。

それも大切だけど
僕の心が置き去りになっています。
だから後からでも
感謝の理由を明確になりました。

感謝の理由がわかるようになったからこそ
不幸の理由に目を向けることが
できるようになったんです。

不幸の理由は?

不幸の理由を確認した時に
感じることは相手がいれば
相手が不幸を感じていることが多いです。

相手がいない時は
自分の行動では防ぎようがないことが
原因になっています。
だからこそ僕は不幸の流れに
乗る必要がないことに気がついたんです。

次の行動を自分で判断できるように
次の行動を考えられます。

僕の予測できなかった出来事は
僕の行動を熟慮するきっかけを
もらえたんです。
そこにきっと神様が導いてくれたんです。

きっかけを大切にして
次の行動を決めれば
一時的な不幸にも感謝することが
できるようになりました。

そこに神様を感じることができます。
神社は神様の立ち寄り場所なのかも知れません。

生きやすくなるために感謝をしていきたいですね。

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