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0029 《柿と祖母.》

 秋を知らせるように、庭の柿が色づき始めた。

 祖母の家のベランダは小さな庭になっていて、そこには柿の木がある。小さな頃から、その木になる素朴な柿の味が、わたしにとっての柿のそれだ。ふりかえると柿だけじゃない。味覚のすべてを育んでくれたのは、祖母だった。

 コロッケに、スコッチエッグに、天ぷらに、煮魚に、サラダに、お味噌汁に、ごはん。彼女の家へ遊びに行くと、いつも食卓いっぱいにごちそうが並べられていた。

 鰹節やアゴの出汁をとったり、スコッチエッグの中のうずらの卵の殻やサラダを彩る焼いたパプリカの皮をむいたり、コロッケを俵形に丸めたり。そういうことを手際よくこなす祖母の姿は今も印象に残っている。

 時短とは無縁の、惜しみなく手間をかける料理ばかりだったと今になってようやく気づくのだった。


 先日友人に「好きな食べ物は?」とふいに聞かれ、自分がつくるごはんという答えがこれまたふいに口をついた。料理上手ではぜんぜんないけれど、外から帰ってくると自分のつくったごはんを食べたくなる。

 それはきっと祖母の味を味わいたいからなのだと思う。

 お出汁のいい香りのする具沢山のお味噌汁や煮物。まだそれくらいしかつくれないけれど、どれも祖母が授けてくれた身体の奥の方で記憶している味がする。美味しくて、ほっと安心できる味だ。

 90歳をすぎた祖母は、もう以前のように料理ができなくなってしまった。それでも、柿が毎年秋に実ることを憶えているように、わたしの中心には祖母の味がふかく刻み込まれている。

 もうすぐやってくる敬老の日。完熟した柿と、手作りのごちそうを食卓に並べてあげよう。




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