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《奏、湯.》

 「とととととっ。」その響きは、わたしがこれまで奏でた音の中で最も美しいものだった。

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 三ヶ月ぶりの茶道のお稽古。入門して間もなく出された御触れによりお教室は急遽お休みとなってしまった。その間「おあずけ」となっていたこともある。亭主(ていしゅ)デビューだ。

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 亭主とは、お茶を振る舞う役目のこと。本物のお茶会では、茶器や掛け軸やお花の用意もする。すべての「おもてなし」を担う大役だ。お稽古場で五度ほど繰り返されるお茶席の練習。お客役を2〜5名が、亭主役を1名が、役割をその都度入れ替えながら務めていく。

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 入門以来、お客役ばかりわたしは務めてきた。のんきに和菓子を食べ、先輩方の点てたお茶を「美味しいなぁ」と思いながら飲んでいたのだ。

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 次回は「亭主役をしましょうね。」と先生に言っていただいてから、空いてしまった時間。久しぶりの、お稽古場のあれこれを忘れかけていた頃に、デビューの日はやってきてしまった。

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 心臓の音が早くなっていることを感じたのは、亭主役を務める一つ前のお茶席をみている時だった。

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 そしていよいよ、わたしが亭主を務めるお茶席となった。お茶碗を手にお茶室に入り、釜の横へ座る。お茶碗、建水(けんすい)、茶筅(ちゃせん)、棗(なつめ)、茶杓(ちゃしゃく)などのお道具を定位置へおく。続いて、それらを「清める」行程に入る。棗や茶杓を帛紗(ふくさ)と呼ばれる布で拭い、お湯で茶筅(ちゃせん)を洗い清める。お茶碗にはったお湯の中でさらさらと動かすため、先に釜から柄杓(ひしゃく)でお湯を汲み、お茶碗に注いでおく。

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 この時だった。「とととととっ。」と、お湯があまりに美しい音を響かせたのは。先輩方が同じことをされている時にも、少し離れたところから聴こえてくるこれを綺麗だなと思ってはいたけれど、間近で耳にするその音ははっとするほど清らかだった。

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 デビューとは言っても、横にいらっしゃる先生の指示通りに、まるでロボットのように動いたに過ぎなかった。それでも、また茶道の魅力の虜になってしまったのは、あの高貴な音を聴いてしまったから、奏でてしまったからなのだと想う。

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