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《冬ー聖ー元.》

 実に濃密な二週間でした。

 冬至(12月22日)に始まったこの14日間。そこには家族でお祝いしたい行事がめいっぱい詰まっていたのです。その日々は、まるで箱根駅伝のようで。各イベントが、ランナーがたすきをつなぐがごとく、鮮やかに続いてゆきました。

 トップバッターは「冬至」。一年でもっとも陽の短くなる日です。この日を境に「陰」から「陽」に気の転じる節目でもあります。「ゆず湯」に癒された方も多いのではないでしょうか。わが家では今年、二種の「ゆず」で二つのゆず湯を用意しました。いえ、することとなったのです。

 通常のゆずを求めスーパーへ行くと、人の頭ほどの大きな黄色のかたまりが目に飛び込んできます。どうやら「鬼柚子(おにゆず)」と呼ばれる文旦(ぶんたん)の仲間のよう。「邪気を払う」意味合いのあるゆず湯には、ぴったりのイカつい見た目をしています。家に帰り袋から取り出すとその外見からは想像できない、お上品で爽やかな柑橘の香りがしたことには、この未知の果実にさらに惹きつけられました。

 このひょんな出逢いから、鬼柚子と柚子の二種のゆず湯となった今年。車椅子で生活する祖母には、この足湯につかってもらうことにしました。

 さらに、この鬼柚子。以外な側面に気づかされたのは、味わってみた時でした。レシピを検索すると「甘煮」「ジャム」などの言葉が出てくるので、さっそくお砂糖で皮を煮てみると、このゴツゴツのお顔からは想像できない高級ゼリーのような食感がしたのです。そのままでも、ヨーグルトに入れても、クリームチーズと和えても美味しい、魅惑の果物でした。



 とちょっと脇道にそれている間にも、次のイベントが迫っておりました。「クリスマス」です。わたしが子どもの頃、家族でアメリカにて生活をしていたこともあり、こちらもわが家では大切なイベント。食卓をみんなで囲み、お祝いすることが毎年の恒例となっています。クリスマスツリーは今過ごしている祖母の家に置くスペースがないので、今年新たにコレクションに加わったオーナメントはテーブルに飾ることに。そして、クリスマスらしいメニューを考えます。わが家では、わたしが料理係なのです。

 選んだのは、祖母がこの頃とても気に入っている「カボチャのグラタン」に、「スモークサーモンと温野菜のサラダ」、「苺とキウイ」、「和菓子」。チキンとケーキのあるそれよりも、平均年齢のいくらか高いわたしたちらしい食卓になった気がいたしました。また、祖母と母には色違いのスマイル柄の靴下をプレゼント。(二人が履いているのがあまりにも可愛いので、後日わたしもおそろいを求め仲間に入れてもらいました!)



 そして、アンカーを務めるのは「お正月」。認知症になるまではかなりの料理上手だった祖母。中でもとりわけその味が大好きだったお節料理を再現しようと、わたしの気合は十分でした。両肩いっぱいに食材を抱えたお買い物を三往復ほどするところから始め、「黒豆」をつけ、「数の子」の塩抜きし、「昆布巻き」「八頭」「栗きんとん」「お煮しめ」「海老」「紅白なます」と順々につくり進めていきます。大晦日のことです。お昼休憩をはさみといっても、昼食をつくることが加わるので休憩と言えるかはわかりませんが、8時間で仕上がったでしょうか。


 年が明け、これを祖母と母といただきます。秋に甘露煮にしておいた栗で栗きんとんをつくることができたことにも、お庭の柿を干し柿にし紅白なますに入れられたことにも小さく感動しながら、家族でこれを囲めたことの穏やかな幸せを噛みしめます。二人とも「もうやめておいたら。」と言わないとお箸が止まらなかったことには一人にやけてしまいました。


 そういえば、年末最後のお茶のお稽古の時。先生がこんなことをおっしゃっていたのです。

「お茶人は優雅に季節を愉しんでいる場合でなく、追われるのよ。」と。

 まさに、この言葉通りだった二週間。これが案外わたしには愉しくて。心身ともに満たされた日々でした。



 めぐる季節の素晴らしさを旬の食材を通して堪能しながら、家族が健康であることのありがたさを心の奥深くで感じることができたのです。

 一度走り出してしまうとやめられない、四季に追われるこの暮らし。めいいっぱい今年も駆け抜けようじゃないかと意気込む卯年の始めであります。


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皆さま、あけましておめでとうございます

昨年は1000日連続の投稿を
応援していただきましたこと
温かなコメント、スキを頂戴しましたこと
感謝いたします

ありがとうございました

本年もどうぞよろしくお願いいたします

皆さまにとりまして
愛と友情に満ち溢れた一年となりますように


Mana(まな)


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