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短編小説「幸福な家庭」

私は今、夫と息子の3人で暮らしている。
夫は有名企業の専務でイケメンそれでいてイクメン。息子は名門校の中学生で勉強も自分から進んでするし、成績もよく将来有望。50人いる野球部でレギュラーだ。そんな3人が住むのは都内の豪邸。
絵にかいたような完璧な家庭、何不自由なく過ごす私たちをみんなうらやましく思っている。
「あら、川田さん今日はすきやき?」
川田は私の上の名前だ。
「あ、お隣の。そうなんです。」
「稼げる旦那でいいわねぇ。でも、三人分にしては食材が少なくない?」
隣に住む息子と同じ学校の友人の母親が知らなくていいことに気づく。
「ええ、私ダイエット中なんです。」
「えぇ!!こんなに痩せてるのに?これ以上痩せたらゴボウになっちゃうよ!はははははは」
「ふふふふふふ」
お隣さんに合わせて笑う私。
近所づきあいとは思った以上に疲れてしまうものだと毎日実感する。
幸せを手にすると周りからの反応はドンドン悪くなってく。その醜い執着が一番自分を不幸に追いやるというのに。
幸いお隣さんはそんなことを気にしない人で良かった。たまに今日のように誰も気にしないことで話題を作ろうとしてくるだけだから・・・。
 
私はよく金目当てで結婚したと陰口を叩かれるが、告白してきたのは夫の方だしプロポーズもむこうだ。
喫茶店で一人、コーヒーを飲んでいたらいきなり私の正面に彼が座って愛の言葉を綴った手紙を渡された。はじめは気味が悪くて相手にしなかったが何度も顔を合わせていくと彼の優しい言葉や丁寧な対応に気づき交際を開始して今に至る。
今日は家族三人で遊園地へ行った。息子ははしゃぎ、夫は会社の重圧から羽を伸ばしすがすがしい表情だ。私も笑顔になる。
来週は水族館へ行く。
これを幸せというのだろう・・・。
 
私の日課は家事の合間に見る都市伝説動画。その刺激は私の知的好奇心を満たしてくれる。投稿者の家中にへばり付く巨大な触手の姿が、目に悪いスマホの光とともに私の目に飛び込んでくる。そのミミズのようなものは無数に這いまわり見るもおぞましい。表面はべちゃべちゃしていて、触れたものに粘液を付着させる
それは製作者の子どものランドセルから出てきた。
どうやら呪術を使ってこの怪異を生むことができるらしい。
この呪術は袋状のものに人型に切られた紙と魚を入れて3年放置すると発生する。
この動画の製作者は少々頭がおかしい。自分の息子のランドセルでそれを実験したらしいのだ。3年の時を超えて見事に誕生したと自慢げにカメラへその異常な表情を晒した。しかしこの動画のエンディングに、これはCGを使った偽映像だと小さな文字で書かれていた。
それはそうだ。自分の子供にこんな呪いをかける親なんていない。
例外もいるだろうが・・・
結婚して5年、姉から息子用にスポーツバッグが届いた。中には2枚の紙があった。片方は姉も息子の部活を応援していると書いてあった。
その日私はそれを息子に渡した。息子はそのスポーツバッグを手に取ると、自分の部屋へ駆けて行った。
(よっぽど気に入ったのね)
何度も言うがこんな家庭を恨む人間もいる。
部屋に入った息子は3秒ほどすると
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
私と夫は息子の部屋へ慌てて入った
「どうした!!」
その中で、にわかには信じがたい光景が目に入った。
バッグから無数の触手らしきものが這い出ているのだ。
生ゴミのようなにおいがたちこめ、床にはネバネバした液体がこびりついている。
その触手は紫色をしていて不気味だ。
これには見覚えがある。
そう、あの都市伝説の動画・・・あれとまったく同じ世界だったのだ。
(あの呪術本当だったの!?姉さんが!もしかして!!)
触手の先端がネチャァァァっと開き、その中には牙らしきものが無数についている。
その口のようなものは息子の体をついばむように食いちぎっていく
その惨劇を見た夫は、恐怖するより怒りが勝り、子供の部屋に立てかけてあったバットでその触手を殴り続けた。
しかし、触手はむしろ活発になり夫を襲う。
夫も息子同様に肉をブチブチと食い漁られた。
数分して二人は骨だけになり触手はしおれて悪臭とともに消えていった。
「ははは、ははははははははは」
私は、笑いが止まらなかった。
狂ったわけではない。
やっと、やっと地獄から解放される。
この家庭を一番、最も、この上なく恨んでいたのは私自身だったのだ。
夫は結婚1年目で毎晩私に暴力を振るう。棒で殴ったり、頭にビール瓶を振り下ろされたこともあった。食料もロクに与えられない。夫の連れ子の息子は私になつくどころか私の失敗を夫にちくいち報告する。そのたびに夫に虐げられる。離婚など口にしたらどうなるかわからない。
命の危険すら感じた。こいつらを殺す度胸もなかった。
楽に死ねたらどれだけ・・・。
私は何度もそれを姉さんに相談した。姉さんはきっと私のために3年前からこの呪術を準備してくれていたんだ。
「ははははははははははは」
解放された私は涙するとともに笑いつづけた。
そしてしばらくして警察が来た。異変に気づいた隣人が通報したのだろう。
私は逮捕されその一部始終を説明した。警察は事態を呑み込めず私を精神病院に入院させた。白い鉄格子の中でわたしは今までにない幸せを噛みしめている。

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