見出し画像

100日後に会えるキミ


100日後は、年のあけた1月3日らしい。
案外短いもんだなと思う…。

「今日から100日投稿始めます」
久しぶりに開いたnoteで、そんな投稿を見た。

「自分も始めようかな…」
毎週投稿を宣言して、3週間で途絶えたぼくだ。
けれど、なんだか、やってみたくなったのだ。

その人は言っていた

「もしも、自分が100日後に死ぬとしたら、100日間挑戦していたい」。

骨を折る

人は努力することを「骨を折る」と表してきた。

ぼくも骨を折ったことがある。

小学校4年生の体育の授業、跳び箱を飛びすぎたぼくは、
頭から突っ込んで、手の指の骨を折ったんだったな。

多少の痛みはあったけれど、
白い包帯に巻かれたギブスをつけたぼくは、どこか誇らしげだった。

次の日、学校に行けばみんなが心配して、かけよってきてくれた。
電車に乗れば、いつもより目線を集めている気がした。

そんな馬鹿な思い出。

ここから、実在していたのかもわからない
本題に戻ろうと思う。

今までの短い人生の中で、
努力はいつも痛さを伴うものだった。

多くの思い出は部活動で、
いつも痛くて、しんどかった。

そんな自分が好きだった。
頑張っていられる自分が、好きで
成長していた気がしていた。

「あの頃は」なんて振り返る年になってしまった。
振り返るほど、前に進めているのかな…。

もう一回、努力をしてみようと思ったのかもしれない。

あの頃と同じようにはいかないだろう…

だけど、

あの頃、努力していた
痛みやつらさを、もう一度味わってみてもいいのかもしれない。

て、ことで100日投稿をしようと思う。

1日前を歩くキミ

キミは1日先を歩いている。
キミは1月2日に100日目を迎える。

ゴールまでに会えることはあるのかなぁ
いや、ずっとぼくはキミの背中を追って走っていけたらいい。

たまに休憩して、立ち止まって、また走り出せればいい。

ゆるーく、けれどたしかに1歩1歩を歩んでいければいい。

きっと文体もいろいろ変わって
書く内容に統一感なんて皆無だろう。

そんな中で、
新しい発見や
新しい出会いがあるといい。きっと

100日後に会えるキミを目指して、

「よーい、どん」。


まみや

この記事が参加している募集

習慣にしていること

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?