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EP3「俺にサラダを入れるな!」

例えるなら

わたしはその彼に出会ってから
サラダを取り分けたことがない。

彼はわたしに「俺にサラダを入れるな!」と言う人だった。
ユーモアたっぷりに。
悪口が悪口とも聞こえないような人だ。
好きなものを好きな時に食べるし、君もそうしてくれ!と。

わたしはそれまでどんな場面でも、どんな人にでも、たぶんいい奴とか良い女に思われたくて必死にサラダを取り分けるような人間だったけど

彼はそんな私に「俺にサラダを入れるな!」と言ってくれたような気がする。
自己中な人間になれと言う意味ではない。
ワガママと我が儘はちがうのだと。

「自分が食べたいものを勝手に食べて、まずいものを勝手に吐き、
人は気にせず、我が道を行け、
その分好きなものに責任を持ち、楽しみ、続けられることをしろ。」

と言葉ではなく、背中で教えてくれた。

「君はそのままで100点。」といつもいつも笑いかけて、笑わせてくれたのだった。

思い出すだけでも、昨日のことのように笑えてくる、なんだか嬉しくてたまに泣けてくる。



流行りのSNSが目の前で過ぎていく。否定する意味ではなく。
楽しくて嬉しい人が増えることが嬉しい。
反面自分は?と思うと「とても凄い!」と反応するけど、本当は何が凄いのかわからない。
「自分にとって」凄い人を凄いと思う人は本当は何人いるのだろうか。
流行りの言葉が、サプリが、服が、歌が、人が、この水物の世界で淡く光っては消えていく。

SNSのアンチに悩んでいる時期があった。
でもその時のわたしには有り難く頼れる人もいて
ヒーローはのようなその人は
嫌な言葉からわたしを救ってくれた。

有名人のインスタグラムやTwitterのコメント欄に爆弾を落としたり
無知の正義を振りかざす人、勘違いした人、相手を理想化し、自分の理想と違えば徹底的に叩く。と言う人達がいて、
わたしも「勝手に作られたマミちゃん」と違った行動や言動を吐けば、
その類の人から嫌なことを言われた。
(まぁわたしなんてアンチがいないと言っても良いくらい少ないのだけど、)
当時は「何もわからない」から、たった一人の声が一千倍に聞こえたのだった。
ただそれは「自分が勝手に作っている自分」でもあったが。

いつか、わたしのもとに届いた嫌なDMやコメントを見た彼が言った。

「お前の主張はお前の居場所でやれ。人の居場所で自分を主張するな。」って。

その言葉に今もずっと救われている。

わたしもそうだし、
相手もそうだ、

自分の意見は自分の場所で言うのが筋だ。
どんな正義も悪口も弱音も、自分の庭なら良い。
誰かの言葉や顔を使って「自分を優れたやつ」に見せることが怖い。と思った。

彼を見ていると世界が丸くなって
自分の気持ちが丸くなって
描く絵は全て怖くても寂しくても「優しいもの」になる気がした。

そんな人にあと何回出逢えるだろう?
そう思うと今は「自分が誰かにとってそんな存在になる」ことが幸せなのかなぁと思うようにもなっている。

同じことを言い続けている。
彼に出逢ってからずっと。

わたしは
サラダを取り分けるのは、
本当に好きな人だけにしている。



*おまけ*


星野源さんの「くだらないの中に」が好きでよく聴くのだけど、そこには自分の理想の幸せの全てが詰まっている気がする。

ー 流行りに呑まれ人は進む 周りに呑まれ街はゆく
僕は時代のものじゃなくて あなたのものになりたいんだ ー
「くだらないの中に」星野源

人生は全てがライブで、どれだけ時間をかけたものも、インスタグラムと同じで、スクロールされていく。
それで良いのだと思うし、その「一瞬」にこそ価値があるのだと思いたいけど
たまによくわからなくなる。
「なんのための時間なんだろう?」
そこに意味を持たずやることで自分の時間も意味を持たなくなる。

どうでも良いことと大切なことが日々大量に起きては消えていくから人の思考回路はめちゃくちゃになっていったりするけど、

微々にでも理由があってはじまるものには答えがあり、全く理由もなく始めたものには答えが見つからない。

本当に好きなことをするために嫌いなこともするが、それは「本当に好きなことのため」ならば。理由もなく好きになったりはできない。

たまには
水物の世界から離れた場所でも
息をしよう。

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アーティスト / 作家 bachelor Japan season2 出演 ゲッターズ飯田「開運Letter」表紙 舞台「くちづけ」智子役 / るるぶ&more 連載 " past was yours future is mine ! "