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「光と影」というコンセプトに生きる


ーはじめに。

私の肩書である”歌う絵本作家”に興味を持たれた方も多いのではないだろうか。

「”歌う絵本作家”とは何か。」

それを語る前に、私の生きていくうえでの心持ちを皆様に聞いて欲しい。

私は今の肩書に変わる少し前まではアイドルだった。

なんでアイドルからそうではないものへと転身したのか。
きっと未だ疑問に思っている人もいると思う。

アイドルは楽しかった。
ファンも徐々に増えていた。
正直、稼ぎやすかった。

それでも私は、アイドルというブランドを手放した。

自分を客観的に見たときに、他のアイドルたちより自分は承認欲求が少なく、自己顕示欲も自己より自分が生み出した制作物に向けられていた。

そして、何より、「自分はここにいたら最大限の力が発揮出来ない」と、心のどこかで悟っていた。

1.病みなる部分の美しさ

私が絵を描くことを本格的に始めたのは19歳の頃。
アイドルになるよりもっと前の話だ。
当時アメーバブログでポストカードの販売を行っていた。

まだまだ子どもだと見下されたくなくて、異業種交流会やクリエーターの講演会、販促セミナーなどにも足を運んだ。

その頃から絵本作家を志していたが、具体的にいつまでになりたいとか、どんな絵本を描きたいとか、そういう明確な目標はなかった。
それに、セミナーに足を運んだりしていたわりには、マーケティングやブランディングなどは考えていなかったように思う。

当時、「夢のある世界を描きたい」と思って、よく月と女の子のイラストのシリーズを描いていた。
するとブログ経由で、女の子が月に花を差し出しているイラストの原画を言い値で買いたいという人が現れた。

いくらで設定したか明確に覚えていないが、確か15000円くらいだったと思う。
イラストごときで、と、高く感じるかもしれないが、当時の手法での描き方を自給換算するとそれが妥当であった。

その時のことは今でも忘れない。
イラストの仕事で初めてきちんとまとまったお金を手にした瞬間だった。

ちなみに現在も、イラスト単発は1枚15000円の仕事が多い。
これでも売れているイラストレーターから比べれば安い方だが、その時の経験は今に生きている。

話は変わって、私は高校時代、病んでいた時期があった。
生徒会長もしたし友達からもそれなりに慕われていた。
原因はいじめではなく、将来やりたいことが見つからなかったからだ。
見つからなかったというより、見いだせなかった、というべきか。

いわゆる優等生だった私は、学校側からしたら大学に進学するのは当然のように思われていた。
しかし、私は大学には進学しなかった。
無論専門学校にも行かなかった。

美大には興味があったが、高い学費を親に負担させるのは違うと思っていた。
他の学費の安い大学で、興味もない勉強をするくらいなら、行かない方がましだと思った。
それに、時間は有限だ。4年間、無駄にしたくなかった。

もちろん、学びの時間は全くの無駄というわけではないが、どうしても、私には必要だと思えなかった。
両親も「好きなことをやればいい」と言ってくれたし、やりたいことが見つからないわりに私もその気でいたが、学校側は違った。

廊下で進路指導の先生とすれ違うたびに、「推薦出せるよ」と煽ってきた。
「進学しないのはあなただけよ」とも。
正直、うんざりしていた。
自分の考えは認められないのか、好きに生きてはいけないのか、今よりも弱かった私はしばらく病むことになった。

現在、好きなことをして生きている私はなんでこんなちっぽけなことで悩んでいたんだろうと思う。
しかし、当時の自分からしたらそれはそれは深刻な悩みだった。

ちょうど二十歳を過ぎたころ、その頃のことをふと、思いだしたのである。

「先生たちは私に期待してくれていた。」
この時初めてそう、思えた。
もちろん学校の功績のためもあったかもしれないが、それでも先生たちの気持ちを汲めなかった当時の自分はとても浅はかであると自分を恥じた。

本当は感謝せねばいけなかったのでは、と。

その頃から心のどこかで、
「病み(闇)なる部分も本当は美しいのでは」と漠然と思うようになった。 

2.コンセプトを決めた活動

人間の内なる弱さがなんだか美しく感じる。
変人だと思われそうだが、綺麗ごととはまたちょっと違う。
言葉では言い表し難い感じだ。

そんな思想に変わってからというものの、禅語である「日々是好日」という言葉に惹かれた。

この言葉は簡単に言うと、
「いい時も悪い時も最高の日だと思ってありのまま生きる」
ということ。

ここまで悟りを開いた生き方はなかなかできないかもしれない。
だが、毎日を大切にするという意味ではとても理想的な生き方だ。

この言葉を知ってからというもの、
「いい時は光で、悪い時は影だな」
と思うようになった。

光と影は相反するように見えて、実は密接に関係している。

光がなければ影はできないし、影が無いところでは光らないのである。

そう思ってから、ピンと、これだ!と思った。

そう、「光と影」を作品を描く上でのコンセプトにしたのだ。

それからというもの、私が生み出す作品のほとんどがこのコンセプトに沿っている。

一番分かりやすい作品はこの「ゆううつねこ」。


”影から抜け出したい、でもどうしたらいいか分からない”
という葛藤を表現した作品である。

こうして、今現在も続いている「光と影」のコンセプトが出来上がっていった。

”「光と影」に生きよう”

それがアイドルになるよりも、もっと前に誓ったことだった。



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最後までお読み頂きありがとうございました。


”歌う絵本作家”よねだ まみ


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”歌う絵本作家”として絵と音楽の融合を体現しています。 正式な出版を目指し、現在は自主製作で絵本やグッズの制作販売を行っています。 夢はCD付きの絵本を出版することです! ※サポート頂いた資金は活動費に充てさせて頂きます。

ありがとうございます!今後もご縁がありますように!
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絵と音楽の融合を体現するのが私の使命。http://mamiyoneda.jp/

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