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ミシェル・オバマ、ドキュメンタリー『Becoming』レビュー

「私はシカゴ南部の出身。その事実が私のすべてを物語っているわ」。


2018年に発売されたミシェル・オバマの回顧録『マイ・ストーリー(原題:Becoming(ビカミング)』の発売を記念して行われた、アメリカ全土34箇所を回るブックツアーの様子を撮影したドキュメンタリー『Becoming(本と同タイトル)』がNetflixにて配信された。回顧録の売り上げは、発売から現在まで全世界で1000万部を突破しており、弁護士、作家の肩書をも持つ、この元大統領夫人は過去2年連続で「世界で最も称賛されるべき女性」に輝いている。


『Becoming』は、オバマ夫妻の所有するプロダクション「Higher Ground Productions」が製作、 監督はインディペンデント作品で知られるナディア・ハルグレンが務めた。

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実際のブックトークの模様を撮影したものから、書店でのサイン会、コミュニティイベントでの討論会など、様々なフッテージが観られる。ブックトークでは満杯になったアリーナの舞台で、その都度変わる司会者の進行の元、彼女の生い立ちや、通った学校、大学進学、オバマ元大統領との出会いなどをジョークを交えて話す。


冒頭の言葉にもあるように、シカゴ南部(South side of Chicago)の労働者階級の家庭に生まれ育ったミシェル。2歳年上の兄がプリンストン大学に進学し、彼女もプリンストンを目指したが、当時の担任から、上を見過ぎているとたしなめられた。担任の予想に反して彼女もプリンストンに合格、後に母校を訪ね、当時の担任を探したが、もういなくなっていた、という話を、「(いなくなって)当然よね!」と語り、会場は大爆笑。ミシェルが幼少を過ごした時代はまだまだ黒人差別があからさまに行われていた頃。黒人家族が近所に越してくると、家の価値が下がるため、白人家族はすぐに家を売って引っ越していったという。事実、ミシェルが幼少の頃のクラス写真には半分以上白人の子どもたちがいたが、ティーネージャーになる頃の写真にはほとんどのクラスメイトが黒人だった。また、プリンストン大学の学生寮でミシェルと同室になった白人女子の親は、わが子の身の危険を感じて(!)娘の部屋を移動させたという(これについて、ミシェルは、全く予期していなかった、と語った)。


印象に残ったのは、ミシェルがとあるコミュニティ・カレッジの座談会に出席した場面。将来の夢について話していたが、エリザベスというメキシコ系アメリカ人の女子学生が、なぜ彼女の担任がこのセッションに参加するように彼女に勧めたか分からない、と述べた。エリザベスは、父親が事故で体を壊し、幼い兄弟を助けるために、放課後アルバイトをしているため、十分に学業を復習する時間もない。唯一参加しているラテンクラブでは会長でもないのに、と戸惑いながら語るエリザベスにミシェルは微笑む。「それがストーリーよ。あなたにとってはとても普通のことで、何の価値もないように聞こえるかもしれない。でもそのストーリーがあなたのパワー、強さなの」。鳥肌が立った。涙が止まらなかった。

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「世界がすべてを平等にし、私たちの存在が認められるようになるまで待っている余裕はないの」。ミシェルは、自分が辿ってきた経験を十分に披露し、若者に訴える。「バックグラウンドや肌の色でそして女性だからといって、カテゴライズする人の話を聞いちゃダメ。あの人たちはあなたの能力を、ここまで、と制限して、だからこれで満足してなさいという。その時、自問自答するの。私の事は私が一番よくわかっている。どこまで行けるかは、私次第なんだ、って。そうやって、彼らが低い場所を行くのなら、私たちは上を目指そうじゃないの」 。


大統領選の最中では、オバマを支えるためのミシェルの動向やスピーチに対してメディアは容赦ない言葉で攻撃する。まるで大統領に立候補しているのはバラクではなくミシェルであるかのように。


夫婦関係に支障ををきたしていた時期もあり、結婚カウンセリングも受けた(司会者のゲイル・キングは「あなたのカウンセラーを紹介して欲しかったわ。私は4人のカウンセラーを使ったけどダメだったから」と笑いを取っていた)。「夫を改心させるためにカウンセリングに臨んだのに、カウンセラーが私に向かって話すのよ。心の中で、悪いのは彼の方なんだから、彼を直してよ、と思った」と話し、会場は笑いの渦に。しかし、ミシェルはこう答えている。「私は自分をハッピーにしてもらうためにバラクと結婚したわけではない。自分自身の幸福は自己責任なのよ」。

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素晴らしく感動したと共に、虚無感が残る。なぜなら、世界は未だミシェル・オバマを欲していると思うから。彼女がホワイトハウスを去ってから早4年。どうしてこんなことになってしまったんだろう、と感じざるをえない世界情勢。だからこそ、今彼女の言葉が突き刺さる。自分を信じる、声をあげる、恐れない、人のせいにしない。彼女が希望を与えているのは若者たちだけではない。今コロナ禍の中にいるからこそ、観ておきたい作品だ。


最後に彼女はこう語る。
「私は確かに元大統領夫人ではあるけども、奴隷の子孫でもある。この事実をいつも目の前に置いておくことが重要なの」。



追記1:映画中のミシェルのコスチュームも本当に素敵。10年来の担当スタイリストMeredith Koop は、胸から肩にかけて美しく装飾された飾り石が施されている薄ピンクのジャケットを指して言う。「ミシェルはミニマリストではないわね。このジャケットを見ると、エルビス(・プレスリー)を思い出す位だもの(笑)」。


追記2:音楽を提供したのは、ジャズ・サックス奏者のカマシ・ワシントン(Kamasi Washington)。音楽好きのミシェルは大満足だったそう。このサウンドトラックは海外で5月15日発売予定とのこと。

注:文中の訳は実際の日本語字幕とは異なります。私はオリジナル(英語)のみを視聴したので、私の解釈で、できるだけ事実が伝わるように訳しました。



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