交友録
34歳独身実家女の日常。
私が住んでるのは、田舎というほど長閑な田園風景が広がっているわけでもなく、かと言ってビルが立ち並んでいる大都会でもない、まあ住むには丁度いいよねって友達に気を遣われながら言ってもらえる程度の町に産まれてこの方住んでいる。
だから、近所付き合いが希薄になっただの、少子化だのという世間の声をよそにこの町にはかろうじて昔ながらの営みが残っている。
ご近所さんの顔はだいたいわかるし。お裾分け文化も残っているし。切らした醤油はちょっと貸して〜って隣に借りに行くこともできる。
都会への憧れがないわけでもないが、こんな町が嫌いじゃない自分もいる。
犬の散歩に行くと一人暮らしの80歳くらいのじいさんの家の前を通る。毎日のように会っていると最初は挨拶だけだったがいつの間にか一言二言会話をするようになった。
そのうち、私がじいさんの家の前を通ると気づいたら必ず、急いで窓を開けて話しかけてくれるようになった。
そんな感じだから、こちらも気を使い
わざとゆっくり家の前を通りじいさん待ちをしてあげる。
昔から年寄りには好かれる傾向にある。望んでいるのは、もちろん同年代異性からの需要だが。いつの世も需要と供給のバランスは難しい。
ある日、出勤の為にバス停まで歩いているとそのじいさんに出くわした。
同じ方向だから、一緒に歩き出す。
「あんたはカワイイねえ。」
「今度一緒に遊びに行こう。カラオケは好きか?」
こちとら、そんなつもりで毎日じいさんと会話をしてたわけではないのだが。
有難いことに、じいさんのストライクゾーンに入れてもらえたようだ。
需要があるだけ有難い。
「電話番号教えとくから。」
「◯◯◯−◯◯◯◯」
じいさんは大きな声で家電を復唱し始めた。
この令和の時代に道端で、他人の家の電話番号をメモなしで暗記をする日が来ようとは思っていなかった。
続けて、じいさんは
「私の名前は◯◯だから。」
いつでも電話して。と
私がお笑い芸人ならば、おもしろネタを調達する為にじいさんとカラオケに行くのもありだが、私にはまだその度胸はなく。何となく誤魔化しながら丁重にお断りした。
また別の日、
「あんたはカワイイねえ。」
「何歳になった?20歳?」
この時判明したのだが、34歳独身女はじいさんの目にはピチピチの若人に見えていたらしい。
「ゴメンよ、じいさん。」と心の中で呟いた。
20歳くらいに見えている子から34歳だよと聞かされたときのじいさんへのダメージは中々のものだと考えられる。頭の中にはストリートファイターの最後のトドメを刺される場面がチラついた。
目の前でやられる年寄りは見たくない。
こちらが何故か気を使って、もう30なったよと聞こえるか聞こえないか微妙なラインで濁しながら言う。
30歳にはなっているけども、何歳かはご想像にお任せしますスタイルだ。
コレでじいさんへのダメージを少し軽減できたはずだ。
ま、予想よりも約10歳の誤差だから、ノーダメージとはいかないだろう。
案の定あまりに予想外の答えだったようで、情報を処理できなかったじいさんは「は?」って言う顔でこっちを見ていた。
幸いにも?じいさんにとっては10歳の誤差は大した問題ではなかったようで。
また別の日も、
「遊びに行こう。」
近くのスーパーに一緒に行こうと誘われた。
「こんなジジイと出かけたら、家の人に怒られるかな。」
30歳も跳ね越えた女が、じいさんとスーパーに出かけて親に怒られるところを想像してみてよ。カオスだよ。
じいさんは耳が遠くなってきているようで、私の丁重なお断りも聞こえていない。
「家の近くで待ってるよ。」
「犬の散歩が終わったら合流ね。」と
すごく楽しそうな顔をされているところ申し訳ないがこれから仕事だし、じいさんの望みは受け入れられず。
ゴメンよ、じいさん。
いつまでじいさんとのこのやり取りが続くかはわからない。私が結婚してこの町を出ていくか、もしくは、じいさんがあの世に旅立つのか。はたまた、別の展開が。
それは誰にもわからない。
今日も何でもないこの町の営みは静かに繰り返されていく。
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