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母親との絶縁と引き換えに結婚した私が行き着いた場所

思えば幼い頃から、私は母の言うことがよくわからなかった。

「お母さんが何を言ってるんかよくわかれへん」と反発すれば、「あんたには一生わからんやろうな」という見下したような答えが返ってきた。

当時の私は、自分が子どもで未熟だから、知らないことがとても多いからわからないのだと思っていた。


私は成長し、高校生になった。

高校卒業後の進路を決める段階になり、母は言った。

「絶対に手に職をつけなさい。あんたは世間を知らんからやりたいことをやればいいと思ってるやろうけど、それは間違ってる。世間では学歴と資格が全て。それがあるかないかで人生変わるんやから、言う通りにしなさい。」

私は半ば疑問を感じながらも、母の言う通りにした。

全国的に有名な国立大学に進学し、国家資格も取った。

母は近所の人に私の「学歴」を自慢した。


私は大人になり、社会人になった。

それでも、母から過去に言われたことを理解することはできなかった。

確かに、真っ当に働けばお金に困らない経済力を得ることはできたし、学歴を聞かれて答えれば「へぇ〜優秀なのね」と言われた。

両親のおかげで天職だと思える仕事にも出会えた。

でも、私自身は人と向き合う時に学歴や資格が全てだとは全く思わなかったのだ。

私が大人になって感じたのは、どんな学歴でどんな資格を持った人であっても、本当に様々な人がいるのだということ。

人柄を知るにあたって、母が重要視していることはほんの僅かな要素でしかないということだった。


20代最後の年、私は婚活し、自分自身が大切にしている価値観で人生を共にしたい相手を見つけた。

彼と出会って、私は初めて自分の良いところも悪いところも認めて受け止めてもらえる幸せを知った。

自分にないものを、自分の家族にはないものを持っている彼を心から尊敬した。


そんな彼を両親に紹介しようとした時、母は会社名を聞いただけで激怒した。

「昔からあんたは世間が全く見えてない!そんな誠意のない人間と付き合い続けるなら、あんたとは縁を切る!」

「もう娘でも何でもない!」

私にはやはり、母の言うことが理解できなかった。

会社名を聞いただけで、会おうともしないで、話を聞こうともしないで誠意がないかどうかなんてわかるのだろうか。

ただそれだけで縁を切るとは…私は母にとって所詮その程度の価値だったのだと思った。

心の奥に「もう母には会わなくていいんだ」と安心する自分がいたが、それと同時に私の心は悲鳴を上げた。

母が私に対して感じる価値は学歴や資格だけなんだ、私が幸せかどうかなんて関係ないんだ、やはり愛されていなかったのだ、と。


母と私の間に長年に渡ってつくられた分厚く堅い壁は簡単に壊れるはずもなかった。

「母親よりも自分の幸せを選ぶ」ことに対する罪悪感と2年間闘った末、私は母と絶縁して彼と結婚する道を選んだ。


結婚して、私は初めて心から安心できる居場所をみつけた。

初めて、心から幸せだと感じた。

でも、その幸せの奥底で、母のことを切り捨ててしまったのだという罪悪感に襲われた。

私が母と縁を切る道を選んだことで、実の家族を不幸にしてしまったのではないかと悩んだ。

親孝行をするどころか、恩を仇で返すような娘の私には、いつか天罰が下るのではないかとさえ思った。

この幸せな生活がいつ終わってしまうのかと怯え、夜中にひとりで泣くことも度々あった。

主人は寝ている時でも、声を出さずに泣いているにも関わらず、気がついて抱きしめてくれた。

主人を選んだことは間違っていなかったと感じながらも、罪悪感はなくならなかった。


私はこの罪悪感と向き合うために、起こったことを全て文章にしてみようと思い立った。

「毒親を持つ私が幸せな結婚をするまでの軌跡」という過激なタイトルをつけ、ブログを書いた。

文章に起こすことで、親になった経験のある方からのご意見をもらえるようになり、私自身が過去のことを客観的に見れるようにもなった。

そしてありがたいことに、ブログを読んでくださった心理カウンセラーの方のご意見もいただくことができた。


様々な方からのご意見を聞き、全てを客観的に見ることができるようになった時、私はある答えに辿り着いた。

「私の幸せは私がつくるもの」

「母の幸せは母自身がつくるもの」

それまで、母の幸せは娘である私が「いい子」でいることで成り立つのだと考えていた。

しかし、私が母の望む道を選ばなかったからといって、母に不幸を与えているわけではないのだ。

かつての私は「母親よりも自分の幸せを選んだ」のだと苦しんだが、「母の幸せ」と「私の幸せ」は共存することができるのではないか。

今まで言われてきた言葉が、本当に母が私のためを思って言ったことだったなら、私が幸せでいれば母は幸せなのではないか、と。


今、私は夫と幸せな結婚生活を送っている。

母に対して抱く感情はひとつ。

「どこか遠くで元気に暮らしていたらいいな」

ただ、それだけだ。

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