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短編小説「ギガ恐竜ガール」

産みのお母さんのことは正直よく覚えてないけど、とても気の強い人だったことは覚えてる。
口より先に手が出るし、考えるより先に行動する、そんな江戸っ子野郎を絵に描いたような人だった。
そして恋多き人だった。

それが母、三角真理愛。
故人、享年26歳。
あだ名はブラックホール聖母。

シングルマザーだった母は、店で知り合った男とだいたい15分くらいで恋に落ちて、だいたい1時間くらいで付き合って、だいたい日付が変わる前に家に連れ込んだ。
家に連れてきた男の中には優柔不断な男もいて、当時は意味がよく分からなかったけど、
「あたしは押しの強い野郎としか寝ないんだよ!」
って言っていたのを薄ぼんやりだけど覚えてる。
そして押しの強さを求めるあまり、酔っぱらってバイクでダンプカーに正面衝突して死んだらしい。

「押しの強い男がタイプなのは知ってたけど、トリケラトプスとヤッたって聞いた時は、こいつなに言ってんだろ馬鹿なの、って思ったね」

そう呆れ顔で語ってくれたのは安奈さん。お母さんの従姉弟で、6歳の頃からお世話になってる定食屋【イグアノ丼】の一人娘。苗字は二本柳。育ての娘の苗字は三角。数字が渋滞してるから、計算の弱い子だったら怖くて泣いてると思う。
私は計算強いけど。九九も出来るし。7×6は39。ほら、出来てる。

そんなことより、
「トリケラトプスってなに? 恐竜?」
「そうだよ、恐竜。図鑑で見たことあるでしょ、角が3つあるやつ。私もこいつとヤッたって聞かされた時は、どういう発想でそうなるんだよって思ったけど、あいつらしいなーって思ったよ」
安奈さんは私に嘘をついたことがない。1回もない。どんなに自分が不利なことでも絶対に嘘はつかない。それが育ての親のキョウジだって言ってた。キョウジの意味はわかんないけど、多分昔の家にある横開きのドアかなにかだ。
だからトリケラトプスのことは本当だと思うし、安奈さんが言うんだから実際そうなんだと思う。
「え? なに? 人間ってトリケラトプスのアレが入るの?」
「アレだなんて、あんたも大きくなったねえ」
「しみじみ関心しないで!」


こうして16歳の誕生日、私は顔も見たことのない父親のことを教えられたのだった。
そしてなんでブラックホールなんてあだ名なのかも察した。なるほど、なんでも穴に入るからか。やかましい。


私は三角トリケラ、今日16歳になった高校1年生。
好きな食べ物はチンジャオロースとジャーマンポテト。好きな飲み物はスープカレー。トリケラトプスは草食の恐竜だったとはずだけど、半分人間だから普通にお肉も好きだ。お野菜も好きだし、お菓子もスイーツも好き。
お酒も煙草も変なお薬もやってないし、いたって普通のマジメな女子だと思う。

でも私は普通の子と少し違った。なぜか恐竜とパーカーを合わせたみたいな長袖を着て産まれて、しかも頭の天辺と肩のところで骨と繋がってるから脱ぐことも出来ず、頭の部分からはトリケラトプスみたいな3本の角が生えてる。
おかげで義務教育はクリアーできても、制服指定の高校には入れず、この田舎町で唯一私服でも通える定時制高校に通う羽目になった。

「全日コース行けるような成績じゃなかったし、定時制で頑張りな」
安奈さんはそう笑いながら、私に小学生向けの計算ドリルを渡して、せめて九九は覚えなさいって言ってきたのを覚えてる。
ちなみに私は九九は出来るし、8の段も当然ヨユーだし、ドリルは15点だった。
ちがうの、歴史は得意だから。大山倍達は牛を倒した人だって知ってる。ウィリー・ウィリアムスは熊と戦ったし、加藤清正は虎退治の人。ほらね、日本史は得意だもん。


話は戻って私は16歳になった。そして今日は高校最初の登校日だ。
「そういうわけで、今日から学校が始まるから。授業は17時だから遅刻しないようにね」
「17時って何時?」
「ごーじー」
夕方5時。よし、ちゃんと覚えた。
現在お昼の1時。5時間もあるから余裕だね。
私は高校生活初日に備えて、布団に寝転がって、アラームを5時間後にセットしたのだった。


・・・・・・Zzz


「おーい、バカ娘ー? 遅刻確定だよー」
「んえー? 今何時ー?」
「ろーくーじー」
そんな馬鹿な、5時に起きる予定だったのに。……あ、5時に起きても間に合わないや。
やばいやばいやばいやばい! 私は慌てて飛び起きて、パーカーからはみ出てる寝癖を急いで直して、着の身着のままで家を飛び出した。

こうして16歳の誕生日兼高校生活初日、私は余裕たっぷりに寝過ごして、思い切り遅刻したのだった。


「思い切り初日から寝坊しました、三角トリケラです! 特技は三転倒立です!」
教室に飛び込んで勢いのまま自己紹介して、3本の角を床に突き刺して逆立ちして、盛大に滑ったまま授業終了のチャイムが鳴り響いた。
きーんこーんかーんこーん
学校生活終わりの音のように聞こえた。

「トリケラちゃん、そのパーカーかわいいね」
「君、イグアノ丼で働いてるよね。前に看板背負って店の前をうろうろしてるの見たことあるよ」
「その角のところ、どうなってるの? うわっ、硬ぁ!」
しかし学校生活は終わってなくて、初日からの遅刻、愉快な格好、変な自己紹介の3つが奇跡的に重なり合って、私は注目の的になっていた。
やはりかわいいは正義。
色々不便なこともあるトリケラパーカーだけど、今日ばかりは愉快でかわいいパーカーと146センチの小動物サイズ、そこそこまあまあな、適当に10人集めたら上から2番目くらいの顔面に感謝だ。

「えー、次は今から言う動物を英語に訳してください。じゃあ、三角さん」
「はーい」
英語の先生は蛇崩先生っていう、あんまりやる気はなさそうだけど良い人っぽい先生。
「牛」
「food」
「豚」
「food」
「鶏」
「food」
このくらいの英語楽勝だ。私は定食屋の娘ですよー。こんなレベル、ちょちょいのちょいですよ。
「三角さん、今は英語の授業だからね。トンチの授業じゃないよ」
「ふぇー?」

やばい、授業難しい。定時制だからって正直なめてた。
いや、得意なのは日本史だから。雷電は相撲の強い人、講道館四天王は西郷・横山・山下・富田、ほら完璧。
「まあ、ゆっくり覚えてくれたらいいから。牛はカウ、豚はピッグ、鶏はチキン」
買う? まあたまには牛肉も買うけど。
「えー、じゃあ次は……」
それにしても授業って、なんでこんなにねむ……い……

……んこー……んこーん……こーんかーんこーん

「トリケラちゃん、授業終わったよ」
「ふえ? 英語終わった?」
「英語っていうか、全部」
ぜんぶ? ぜんぶってなに?

隣の席のお姉さんに起こされて時計を見上げると、時刻は夜の9時半。学校は夕方5時から夜9時半まで、遅刻したから今日は6時半からだったけど。
6時半に滑って、7時に英語間違えて、3限4限も全部寝てた!
「もしかして私は馬鹿なのか……?」
「トリケラちゃん、帰るよー」
そして今、隣の席のお姉さんに首根っこ掴まれて学校を出てる。学校初日の感想、もし聞かれたら、よく寝た、って答えよう。

「学校どうだったー? あんたのことだから、どーせ寝てたんでしょー」
「いや、ちゃんと起きてたよ。授業の内容も余裕だし、友達もいっぱい出来たし、あと、えーと」
友達がいっぱい出来たのはほんとだ。パーカー効果で一躍人気者になったのは事実。みんなの名前、ひとりも覚えてないけど。
「まあ、私も高校生の頃は授業中よく寝てたし、息してるだけで眠い年頃よ」
安奈さんはそう言って、缶ビールを開けてニヤニヤと笑った。
まったく何がそんなにおかしいんだか。

それからお風呂に入って、1日の疲れをゆっくりと洗い流したのだった。
今日はほとんど寝てたけど。


1週間後――

1週間もすると高校にも慣れてきて、周りもすっかりトリケラパーカーになれたのか、私への風当たりも普通だ。挨拶もするし会話もあるし仲も悪くないけど、興味津々で角を触ってきたりとかそういうのは収まった。

定時制は退学率がえぐいっていうのは噂で聞いてたけど、初日にいた人たちの中で3人くらいは3日で見かけなくなったし、結構な割合がちょくちょく休んだりするので、なるほどこういうことかって納得したりした。
みんな昼間はバイトしたり仕事したりで働いてるから、その後で学校行くのだるいよねって気持ちはわかる。
私も毎日お店の手伝いしてから来てるので、正直ちょっとめんどくさい。

「お、三角さん、今日は遅刻してないな。えらいぞー」
蛇崩先生は基本的にやる気はないので、休みが多くても一切気に留めない。でも遅刻にはちょっとうるさい。
「トリケラちゃん、おはよう」
「おはよー」
花井ちゃんは元ひきこもりの17歳。でも毎日学校きてるからえらいと思う。
「ふぁー、ねむたー」
木部さんは隣の席のお姉さんで23歳。昼間はお弁当工場で働いてる。えらい。
「やべえ、もう疲れた」
草加さんは38歳のおじさん。昼間は道路工事をしてて、いつも腰が痛いって言ってる。超えらい。
「おはよー……うわ、いってぇ!」
歩きスマホしながら机で股間を打ったのは一ヶ森くん。18歳で映画好き。歩きスマホはよくないから、えらくない。
私が馴染んでるのはだいたいこの4人。そして馴染めない感じの、いわゆるガラが悪い人たちは遅刻してくるか休むか、とっとと辞めていくかのどれか。
つまり割と平和。世の中は平和が一番。

しかし平和というのは唐突に破られるものだ。

「おい、カストリ。なんで今さら高校なんて行かなきゃならねーんだよ?」
「やかましいのう、シケモク。今時は反グレにも学がいるって言われたろうが、ボケが」
教室にヤングチャンピオンの紙面にしかいなさそうな名前の二人組が入ってくる。
ひとりは外国人格闘家みたいな背丈と肉付きのバカでかい上下真っ黒な服の女でカストリって呼ばれてる方、もうひとりは瞳孔がバキバキに開いてて異常に目つきの悪いジャージの女でシケモクってあだ名らしい。

「えーと、君たち名前は?」
絶対日常生活で関わったら駄目そうな見た目なのに、蛇崩先生が平然と話しかけてくる。
「美しが丘」
「平和島」
カストリとシケモクがぶっきらぼうに答える。ヤバい、名前と外見が1ミリも一致してない。

「なに見てんだ、そこのくそださパーカー!」
「あたしらはのう、警察と恐竜が世界で一番嫌いなんだよ。今すぐ脱げや!」
名前と外見が1ミリも一致してないなーって眺めてたら、猛烈な勢いで絡んできた。しかもパーカーが相当気に入らないみたいで、無理矢理脱がそうと掴みかかってくる。
いや、脱げるんだったら今すぐ脱いで、普通に制服着てたいんだけど。
「聞いてんのか、恐竜チビ!」
私は平和主義者だから胸倉掴まれるのは許す。角を引っ張るのもまあ許す。だけど、
「黙ってないでなんか言えよ、コスプレ女!」
蹴りは流石にダメだよね。

シケモクが右足にローキックを放った瞬間、悪魔みたいな目がふたつ乗っかってる顔に右ストレートを打ち込み、そのまま窓ガラスを突き破ってグラウンドを水平に滑空して、駐輪場に停めてあった自転車に激突させた。
右腕を引きながら左腕をぶん回して、殴りかかろうとするカストリの頬にフックを一閃。窓ガラスを突き破って、グラウンドを3回4回バウンドして、ぐにゃんと地面に顔から倒れた。

私は平和主義者だから喧嘩とかしないけど、今まで一度も負けたことがない。
半分恐竜だからかもしれないけど、146センチの体格のわりに運動は得意な方だ。100メートルは11秒フラット、握力は測ったことないけどカボチャくらいなら素手でも砕ける。溝にはまったトラックくらいならひとりで救出できる。
そう、私はこう見えても結構強いのだ。
だから悪口や胸倉掴まれるくらいは我慢しなさいって教え込まれてる。
でも蹴りはダメだと思うの。他人を足蹴にするのは、同じ人間と思ってない行為だからダメ。

部活動でグラウンドを使ってた全日制の生徒たちが一斉にこっちに目を向ける。
教室のみんなも、唖然とした表情でこっちを見てる。
「さー、今日も勉強がんばるー」
変な流れを変えようと取ってつけたように教科書を開く私に、
「三角さん、とりあえず停学ね」
「えぇー?」
蛇崩先生の無慈悲な宣告が投げかけられたのだった。


2週間後――

「トリケラちゃん、ひさしぶりー」
「ひさしぶりー」
2週間ぶりの教室では、木部さんが手をヒラヒラ振りながら出迎えてくれる。
そう、私は2週間の停学処分となり、安奈さんにちょっとだけお説教されて、朝から夕方まで店の手伝い、夜はみっちり勉強の日々を送っていた。
おかげで今日もくたくただ。

「三角さん、おはよー」
一ヶ森くんが前の席に座って、スマホの画面を見せてくる。
画面には動画配信サイト・ヤーチューブが映っていて、どこかで見覚えのある教室で、どこかで見覚えのある角の生えたパーカーを着た女の子が、どこかで見覚えのあるガラの悪い二人組をぶん殴って、窓の外にぶっ飛ばしている映像が映っている。なぜか3000回くらい再生されているみたい。

「これって、もしかして私?」
「そう! この間やべー奴らが来て、やべーことになりそうだったから、念のため動画に撮ってみたんだけど、すげー面白いことになったから、試しにアップしてみたら2週間でこれだよ!」
一ヶ森くんが勝手にテンションを上げているけど、勝手に動画をアップしないで欲しい。

「そういうわけで、三角さん。文化祭に出す映画を撮ろうと思うんだよね」
「へー、一ヶ森くん、映画とか好きだもんね」
一ヶ森くんは映画が好きで、しょっちゅうスマホで映画やヤーチューブの動画を見ている。そしてしょっちゅう教室で机や椅子にぶつかるくらい集中している。それくらい映画が好きみたい。
で、それと私になんの関係が?

「三角さん、映画に出てくれない!?」
「はぁ?」
なぜに? いや、ほんとになんで?

一ヶ森くんが言うには、私の例の動画がヤーチューブで結構バズって、『どうやって撮ったの?』とか『アクション映画かよ』ってコメントが比較的多かったらしい。
あとこれはよくわかんないけど『ステテコサウルスで働け』っていうのが何件か。ちょっと意味はわからない。
それで、低予算でも映える映画を撮れるチャンスって思ったとのこと。
映える映画がなにかはさっぱりわからないけど、そもそも映えるって何?
「映えるっていうのは、簡単に言うと目立つってことかな。派手なアクションをメインにしたら、低予算の短編でもいい感じになると思うんだよね」

なるほど? いや、全然わかんないけど。

「トリケラちゃんが出てくれるなら、私と木部さんも手伝うよー」
「休みの日だけね」
「俺の実家の工場跡、まだ借り手が見つかってないから使っていいぞー」
花井ちゃんと木部さんと草加さんも手伝うらしい。
「映画かー。いいんじゃないか、定時制の生徒も部活はやっといた方がいいぞ。学生生活は1度きりだからな」
蛇崩先生もダメ押しで勧めてくる。
なるほど。こうやって外堀って埋められていくのか。

「じゃあ授業やってくぞー。三角さん、次の単語日本語に訳して。牛」
「meat」
「……豚」
「meat」
「……鶏は、まあいいや。はい、教科書開いて。35ページなー」
蛇崩先生がこめかみを押さえながら溜息をつく姿が見えた。
いや、だって牛も豚もお肉でしょうが。


映画のことを安奈さんに話すと、あっさりと賛成してきた。私がやることで悪いこと以外は特に反対することない人だけど、それにしても物わかりがいいというか、ある意味察しが悪いというか。
あわよくば店が忙しいからって理由で断ろうと思ったのに。

「今のうちに楽しい思い出をいっぱい作っておきなさい。あんたは就職も転職も結婚も人より色々苦労するだろうし、どうしてあげたらいいのか正直さっぱりわかんないからね。私にしてあげれることは、学費出すのと店休ませることくらいだよ」
なんて、しおらしいことを言ってくるので、ますます外堀を埋められた感がある。

こうして、半ば強引に映画撮影に参加することになったのだった。
まあ、学生っぽいことしたいから別にいいんだけど。


4月29日(土)
今日からゴールデンウィークでみんな仕事が休みになったので、空いてる時間でとにかく映像を撮った。
ジャンルも決まってないから、どんな話でも使えるような映像をたくさん撮った。河原でたたずんだり、路地裏をひたすら歩いてみたり、商店街を歩いたり、とにかくいっぱい歩いた。

4月30日(日)
学校が休みで部活でも使われてないので、こっそり忍び込んでひたすら映像を撮った。普段夕方から登校してるから、朝から学校にいるとなんだか新鮮だなーって思った。

5月1日(月)
学校があるので店の手伝いと勉強。ゴールデンウィークだから妙に客が多かった。

5月2日(火)
続・学校と勉強。一ヶ森くんに好きな映画のジャンルを訊いたらホラーとスプラッターって返ってきた。ちなみに私の好きなジャンルは時代劇とロボット。

5月3日(水)
途中で雨が降ってきたので、草加さんの実家の廃工場の映像を撮り続けた。雨と廃墟はヤバい、とか一ヶ森くんが口走ったから、草加さんにドロップキックとかされてた。

5月4日(木)
なんか行き詰ってきたので、花井ちゃんと一緒に意味もなく当てずっぽうな洋楽とか歌ってみた。恥ずかしいから全部カットして欲しい。

5月5日(金)
母校の中学校にこっそり行ってみたら、後輩たちが体育館で自主練とかしてたので、とりあえず木部さんと一ヶ森くんも含めて、片っ端から千切っては投げ、投げては千切りしてみた。もちろん手加減はめちゃくちゃした。

5月6日(土)
山に行ってみたら大木があったので、例によって使うかどうかわからないけど、修行シーンとか撮ってみた。倒れてる木をいっぱい叩いたけど、木は柔らかいから平気って言ったらドン引きしてた。

5月7日(日)
一ヶ森くんが部屋のシーンを撮りたいというので、イグアノ丼と2階の住居スペースに連れていく。安奈さんとじじばばが妙にニヤニヤしてたけど、そういうのじゃないから。
変に気を利かして、普段絶対買ってこないハッピーターンとか出してきたけど、そういうのじゃないから。

こんな感じでゴールデンウィークはほとんど遊ばずに、ひたすら映画を撮った。遊んでたって言ったら遊んでたのかもだけど、マジメに倒れた木を叩き割ったり、でかめの中学生男子をマットに抱えて投げたり、山に捨てられてるバスを持ち上げたりしたから、これはもうちょっとした仕事だと思う。


数日後――

「あー、三角さんと一ヶ森、あとで職員室来るように」
「はぇ?」
英語の授業の終わりに蛇崩先生に呼び出された。
こういう呼び出しはあまりいいものではない予感がある。そして心当たりもなくはない。
学校にこっそり忍び込んだのがバレたのか、ぶん投げた中学生にもしかして怪我人がいたのか、倒木を叩き割った場所が実は私有地だったとか。
私たちは色々言い訳を考えながら、そわそわしながら職員室へ向かう。足取りもなんだか重い。
怒られたところで、カストリとシケモクぶん殴った時ほど怒られることはないだろうって腹は括れるけど、それでも呼び出しには憂鬱が付きまとう。

でも予想は外れてて、映画撮影それ自体とは別のことだった。

「一ヶ森、お前がヤーチューブにアップした動画だけどな。再生回数がえげつないことになっててな」
そっちかー。じゃあ、私は関係ないよね。
「それに加えて、三角さんがイグアノ丼で働いてる映像が出回ってて、トリケラトプス発見とか恐竜ガール特定とかってタイトルで、この学校が特定されました」
「へー、暇な人もいるんすねー」
まったく暇な奴らもいるもんだ。そんな暇あったら働け、ちょっとでも社会の役に立て、って日々汗水たらして働いてる私は思う。
「そう、暇な奴もいるんだよ。で、暇な奴らは暇だから、今朝から学校の電話が鳴りっぱなしなわけよ。マスコミとか自称マスコミとか地元新聞社とか腕試し希望とか」
蛇崩先生がやれやれといった様子で肩をすくめる。どうやら怒ってないみたい。

「2週間もすれば落ち着くと思うから、それまではおとなしくしておくように。特に一ヶ森、今度余計なことしたら即退学だから肝に銘じておくように」
いや、やっぱり怒ってるみたい。

とりあえず一ヶ森くんは、これ以上怒られないように例の動画を削除することで、一応の反省とした。
まあ、動画は既にコピーされて転載されまくってるから、今さら消しても意味ないと思うけど。
「で、三角さんだけど、2週間分のプリント出しとくから自宅で自習ってことで。お目当ての恐竜ガールがいなかったら暇人たちもとっとと飽きてくれるだろ」
「え? また停学?」
「いわゆるリモート授業だな。特にスマホもパソコンも使わないけど」
それはリモート授業とは言わないと思う。


「そういうわけで、また2週間家から出るなだって。まいったね」
帰ってから安奈さんに報告すると、呆れたような困ったような、言葉にするならやれやれって顔をしてた。
「しょうがないねー、このバカ娘は。明日からしっかり勉強しよっか」
勉強はいいけど、学校に行けないのは正直困る。映画もまだ全然できてないし。

「ねえ、映画は?」
「そうだねー。あんた目当ての暇人たちに見つからなかったら、別に外出てもいいんじゃない」
「よかったー」
「なに? ずいぶんとやる気じゃない?」
安奈さんがニヤニヤしながら、私の頭を撫でてくる。この人は機嫌がいい時や楽しい時、すぐに私の頭を撫でる癖がある。
なになに? そんなに私といるのが嬉しいの? いつまでも娘離れ出来ない人だなあ。

私が得意気に頭をぐいっと近づけると、パーカーをちょっと捲って、おでこにビシィっとデコピンを打ち付ける。
「はい、これはお説教分。半分はあんたのせいだからね。これからは人を殴ったりしないように。って、仮にあんたが殴り返さなかったら、私が後でそいつらをぶん殴ってたけどね」
そう言って赤くなったおでこを何回かさすって、英語と数学のプリントが終わるまで、みっちり監視していったのだった。


そして翌日――

眠い目をこすりながら布団から這い出ると、1階の開店前の店から、なにやら声が聞こえてくる。
ところどころしか聞こえないけど、動画を見てとか、母がとか、なんとかサウルスとか、そういった単語は聞き取れる。
まったくこんな朝っぱらから暇人共の襲来か、なんて思ってると、安奈さんから呼ばれたので、顔を洗ってちょっとばかりシャキッとして降りていく。
するとそこには、私と同じような恐竜のパーカーを着たやや小柄な女子と、背の高い大学生くらいの恐竜パーカーのお姉さんが座っていた。
「あんたを訪ねて、わざわざ東京から来たんだって」
「はい?」
呆気に取られて間の抜けた返事をしてしまうと、
「始めまして。山田ティラノです」
小柄な女子が悪ふざけみたいな名前で自己紹介してきた。名前に関しては、私も人のこと言えないけど。

山田ティラノさん、17歳。お父さんが人間で、お母さんがティラノサウルス。
草野ブラキオさん、19歳。お父さんが人間で、お母さんがブラキオサウルス。

「あ、三角トリケラです。お父さんがトリケラトプスで、お母さんが人間です」
私が自己紹介し返すと、二人は戦慄が走ったような顔を安奈さんに向けて、
「す、すごいですね……」
「おい、ティラノ、失礼」
多分きっとおそらく、とてつもなく大きな誤解をしていることを暗に告げてきた。

「いや、私は預かってる立場だから。この子の母親は従姉妹で、10年前に亡くなったの」
「それはそれですごいっすね。いや、ほんとに立派です」
安奈さんの訂正に対して、ティラノさんが深々と頭を下げる。冗談みたいな格好だけど、なんていうかちゃんとしてる。
この人はこの人で、私より全然ずっと苦労したのかもしれない。

で、それはそれとして何しに来たの? こんな田舎までわざわざ?

ティラノさんが言うには、彼女は東京のステテコサウルスっていうコスプレ喫茶で働いていて、ヤーチューブの動画でたまたま例の動画を見つけて、当然の流れでイグアノ丼で働いてることを知って、もし自分と同じような恐竜ガールだったら会ってみたいと思ってやって来た、ということだ。
そして恐竜ガールだって信じてもらうために、仕入れ用のワゴンを持ち上げたり、裏庭に転がっていたでっかい石を素手で砕いたりもしたらしい。確かにそんなこと出来たら、間違いなく私と同類だよね。

「ってことは、ティラノさんも強いの?」
「うん、強いよ。なるべく喧嘩はしないようにしてるけど」
これはもしかして、すごく映画に使えるのでは……!
ゴールデンウィークの撮影ラッシュで頭の中が映画馬鹿になってる私は、文化祭用の映画を撮ってることを話して、ふたりに駄目元でお願いしてみたのだった。

そして、
「いいよ。クレジットにステテコサウルスの名前と住所入れてくれたら」
あっさりオッケーが出たのだった。


そうして6月、ギリギリ滑り込みで映画は完成した――

映画のタイトルは【トリケラガールVSティラノサウルス女VSスペースサウルス】
内容はトリケラトプスのパーカーを着た少女が、日々なにかしら悩みながらも山奥で大木を叩き割って修行していたところに、謎のティラノサウルスパーカーを着た女が現れて、宇宙から来たブラキオサウルスパーカーの女と激闘を繰り広げる、という荒唐無稽なZ級オマージュ盛り沢山な、コッテコテなザ・クソ映画だ。
撮影のために山奥や廃工場で、お互い3割くらいの力でって条件で、首から下は当ててもオッケーなルールでバッチバチに殴り合ったりもした。
映画の評判は全体的にはゴミよりちょっとマシ、みたいな感じだったけど、木がなぎ倒されたり、壁が突き破られたりするド派手なアクションシーンは結構ウケてた。

安奈さんも私が怪我しないかハラハラしながら見てた。怪我なんてしてないって、前もってわかってるのに。


「じゃあね、トリケラちゃん。折角仲良くなったし、何かあったらいつでもステテコサウルスまでおいで」
「なんだったら今すぐ来てもオーケー。恐竜ガールは常に不足してるから」
映画のクランクアップの日、ティラノさんとブラキオさんは私をステテコサウルスに誘った。
でも私には学校もあるし、イグアノ丼もあるし、安奈さんも友達もいるので。

ふたりの恐竜ガールに大きく手を振って別れたのだった。




それから?

そう、それから色々……は特になんにもなかった。
例の騒ぎはほんとに2週間足らずで収まった。イグアノ丼の口コミもちょっと荒れたらしいけど、そもそも普段は近所の人しか来ないような店だから、あんまり関係ないみたい。

一ヶ森くんは次の映画の準備に張り切ってる。
花井ちゃんはいつの間にか一ヶ森くんと付き合ってて、私たちを驚かせた。
木部さんは工場辞めたいって愚痴りながら真面目に学校に来てる。
草加さんはいよいよ持病の腰痛が悪化して、夏休みに手術をするとかしないとか。

安奈さんは今日もイグアノ丼で働いてる。ここだけの話、お母さんって呼ぶタイミングは完全に逃してる。
蛇崩先生は今日もやる気無さそうに授業をしてる。

「はい、三角さん。次の単語を日本語に訳して。牛は?」
「先生、私をあんまりなめないで欲しいなー。これでも家でめちゃくちゃ勉強してたんだから」
私はふふんと鼻を鳴らして、堂々と胸を張って答えた。

「steak!」
「はい、違います。もっと勉強するようにね」


(終わり)

三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三

短編書きました。

前に書いた【メガ恐竜ガール】の続編です。
メガの次だからギガです。もし次があったらテラですね。その次はエクサですかね?

前回はティラノサウルスの山田ティラノちゃんだったので、今回はトリケラトプスの三角トリケラちゃんです。前回は反社な家庭環境だったので、今回はあったかファミリー感を出しました。
自分の中の親心とか理想の保護者像みたいなものを搾りだしてみました。親心とか欠片も持ってないタイプの人間ですけど。

なんか暴力とか陰湿さとか後ろ暗さとか、普段の短編に出てきそうな要素を極力排除したら、なんか全体的にふわふわしちゃったので、これはゆるふわぱんけーきみたいな小説です。
ぱんけーき食べたいです。もぐもぐ。