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始まり

池袋沿線の郊外にある彼の家は、

急行電車が停まる、家族向けの物件が多い街で

駅前の繁華街を通り抜け、駅前通りを歩いて10分

道路沿いに立っている、

古い3階建てのビルの2階。

1階のお弁当屋さんの脇にある

緑色のリノリウムの階段を登った先の

一番手前の部屋だった。

台所から寝室にもダイニングにも行ける間取りで

ダイニングには、彼の洋服が入ったタンスが二つ。

タンスの前には、ハンガーラックが一つあって

「これ、全部一人で着るの?」と

思ってしまうくらいの洋服が目に入ってくる。

寝室兼リビングとして使ってるその部屋には、

壁一面にフィギアが並べてあり

折りたたみ式の布団と向かい合うように、

テレビとデッキ類が置いてあって

その隣には、VHSが、何十本も入った本棚があった。

初めて行った、彼の家のトイレのドアには

20センチくらいの穴が空いていた。


そのまま、なだれ込むように、付き合い始めた。

もともと、好きになったら、夢中になるタイプで

中学生の時には、担任の先生に「自分を大事にせないかんぞ。」

と言われるくらい周りが見えなくなってしまうような私が

親元を離れて、監視の目がない東京で

自分の知識欲と

愛されたい欲を満たしてくれる彼の側を

離れたくない。と思うのは、

ごく自然なことのように思えた。


彼の家から池袋・新宿を経由しないとたどり着けない

自分の家には、もう帰りたくない。

「無意味」だと感じるその移動時間があるのなら

少しでも、彼と一緒に居たい。

誰かに愛されていると実感する瞬間があることの

安心感を、求めていた私は

その安心感を手放すのが怖くて

また、ひとりぼっちなんだと

実感してしまうことが怖くて

だんだんと、自宅へ帰らなくなり

2〜3週間に一度、荷物を取りに帰るくらいで

学校も、彼の家から通う毎日を

過ごすようになっていった。


仕事から帰ってくる誰かを待ちながら

食事を作ることが、

男女の幸せの象徴だと思っていた私は

彼が帰ってくる時間に合わせて夕飯を作ってた。

高校生になるまで、料理なんてしたことなくって

自分で作れる料理なんて、そんなにないけど

幸せの象徴である「料理を作って待つ」

ということを

今、まさにやっている私の幸せを

感じながら作っていた。

小さい頃から憧れていた状況にいる自分を

誰かに自慢したくて自慢したくて、

たまらなかった。


「今日は、焼肉にしよう!」

近所のスーパーで買ってきた牛肉を焼きながら

炊飯ジャーのご飯を確認して

「うん、これなら大丈夫だな。」と思った。

二人で食べるには、十分な量のご飯が

そこには、入ってた。帰ってきた彼に

「今日のご飯は?」と聞かれ

「昨日炊いたご飯と、焼肉でいいかな?」

と言うと、

「俺に昨日炊いたご飯を食べろっていうの?」

と怒り出した。

「この肉もさ、何でこうなるの?

普通に焼いたら、こうならないよ?」

と、私がやっていることを

一つずつ批判し始める。


前日炊いたご飯が気に食わなかったのか

肉の焼き方が気に食わなかったのか

突然、怒り出した彼を止めるすべもなく

私の行動の全てを、一つずつ否定していきながら

段々と、大声になっていく彼に

精一杯の応戦をしていた私を彼は突き飛ばした。

そして、突き飛ばした私めがけて、

彼は初めて手をあげた。

それから、段々と彼は

「怒り」を私にぶつけるようになった。

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