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人生の最後に出会った安らぎの場所

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59歳。

人生の半分を一緒に過ごした

私の大好きな人が、私を置いて逝ってしまった。

私が唯一、自分の内側で感じていることを

飾らずに、そのまんま話しても

私から離れていかない人が、いなくなってしまった。

これから、どうして生きていこうか。

誰か、私のこの答えが合っていると言って欲しい。

私のこのまんまを、それでもいいんだよ。って言って欲しい。

お父さん、なんで私を置いて、一人でいってしまったの。


そんな思いを心の中に抱えたまま

それなりに大きかった子供達は、しっかりと大人になり

自分の時間を楽しめるようになった頃

認知症になり、娘と同居してはいるものの

自分の出来なくなったことと向き合う不安とか

どんどん自分じゃなくなっていく恐怖とか

そういう、どうしようもない感情を1人で抱えて

生活していた母は、入院先で一つの安らぎを見つけた。

これまで、ずっと1人だと思っていたこの世界に

ようやく見つけた、安心出来る場所。

訳はわからなくなっていても、目の前の人が自分のことを

受け入れてくれているかどうかは、はっきりと分かる。

自分のことを拒否していたり、バカにしている人は

すぐに見抜ける。

だって、そうしないと自分の身が危ないから。


そんな風にしてようやく見つけた安心出来る場所を

奪いたくないなぁ。って思うのは、私だけかな?

入院してても、施設に入っていても

その人はその人らしく生きていける時間を

一日のうちに数時間だけでもいいから

保証されて欲しいな。とも思ったりする。

現場が大変なのも重々分かっているし

家族のわがままなのかもしれないけれど

一日のほんの数時間だけでもいいから

母の生き物としての、安らぎを感じる時間を

作って貰えたらいいなぁ。って思ったりするのでした。

まぁ、結局、こちらがお世話になっているので

施設のルールに基づいて、どのようにするかは

お任せしましたが、本当は、本当の本音は

「お母さん、そんな相手が見つかって

本当に、よかったね。」だったな。

たくさんの本を読んで、色んな高齢者の性に関しての記事とかに

触れていた時から、自分自身の身にそれが降りかかったとしたら

どんな風に感じるのか?

って、色々と考えを巡らせていたこともあったけど

私の心に浮かんだのは「お母さん、よかったね〜。」

って気持ちだったな。

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