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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第40話 ミャンマー移民の悲しき実態

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n0a5bd83e132b
 
 この話は2018年まで遡る。氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)はこの日、プチョンという街に居た。プチョンはクアラルンプールの南西方向にある衛星都市で、工場や倉庫が多く立ち並ぶエリアとして知られている。故にこの街にはブルーカラー労働者が数多くおり、クアラルンプールとは街の雰囲気もかなり異なる。そして氷堂はこの街に多くのクライアントを抱えていた。
 

 
 この日も氷堂は打ち合わせを終え、遅めの昼食を取るために中華料理店に入った。この近辺は中華系住民も大勢いるため、街の至る所に中華料理店が並んでいる。しかし殆どの中華料理店では、オーナー自身はローカルでも、現場で働いているスタッフの多くはミャンマー人だ。その中でも氷堂はお気に入りの店が一軒あり、毎月そこに足を運んでいた。
 
氷堂が店に入ると、ヘインが近づいてきた。ヘインは30代後半のミャンマー人で、短髪で聡明な表情が特徴的なナイスガイだ。彼は一応この店の責任者を任されている。
 
 ヘインは氷堂に言った。
 
「リツさん、ご無沙汰しています。いつも足を運んで頂き、ありがとうございます。」
 
 ヘインは流ちょうな英語で挨拶をしてきた。ヘイン自身はマレーシアに来て4年になるのだが、ミャンマーにいた頃は殆ど英語が喋れなかったらしい。しかしマレーシアに来てから仕事の傍ら猛勉強し、今では何ら問題なくコミュニケーションを取れるようになっている。やはり地頭が良いのだろう。するとヘインの後ろから、彼と同じ年くらいの女性が顔を出した。そして彼女は抱っこ紐に赤ちゃんを抱えていた。ヘインは彼女をテーブルに呼び寄せると、氷堂にこう言った。
 
「彼女が私の妻です。いつも店を手伝ってもらっているのですが、実は最近息子が産まれましてね。」
 
すると女性はペコリとおじぎをした。どうやらヘインの妻は英語を話せないようだ。そして抱っこ紐の中には、恐らく生後6か月くらいであろう男の子がスヤスヤと眠っていた。
 
 その様子を見て氷堂も言った。
 
「ミンガラバー。いやぁ、かわいいですね。私は赤ちゃんが大好きなんですよ。」
 
 氷堂はミャンマー語で挨拶をした。その挨拶を聞いて、母親の表情も一気に和らいだ。やはり母国語での挨拶はコミュニケーションの基本だ。そして氷堂はそっと赤ちゃんの頭を軽く撫でた。赤ちゃん特有の温もりが手の平から伝わってきた。本当にかわいい。いつの時代も赤ちゃんは天使の様だ。
 
 しかし氷堂はある事に気付いた。マレーシアにはヘイン一家の様なミャンマー人が大勢いるのだが、彼らの殆どは正規のビザを持っていない、いわゆる不法移民だ。マレーシアには様々な国から来た不法移民が無数におり、その数は200万人とも300万人とも言われている。既に政府も何人いるのか把握不能になっており、実態は闇の中だ。そしてその不法移民たちは皆、ヘインのように仕事に就き、この地でお金を稼ぎ、母国へと仕送りをしている。これもマレーシア経済の陰の側面だ。更に多くの不法移民たちは子供も一緒に母国から連れてくる。実際ヘインにもこの赤ちゃんの他に2人の男の子がいて、彼らも4年前にミャンマーからヘインと共に来ている。ただこの赤ちゃんは状況が違う。このマレーシアの地で、不法移民の子供として産まれた訳だ。氷堂はこのような事例は今まで耳にしたことが無かった。
 
 それで氷堂は尋ねてみた。
 
「赤ちゃん、本当にかわいいですね。慣れない異国の地での出産は大変だったと思います。母子ともにここまで順調でしたか?」
 
するとヘインは子どもが産まれるまでの経緯を話し始めた。しかしその後のヘインの口から語られたのは、不法移民と入国管理局のせめぎ合い、そこに国連機関が絡んだ、日本では決して知られる事の無い、複雑な難民申請のシステムだった。
 

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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