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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第44話 世界最先端の港湾を目の当たりにして

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/nb4206c208073
 
 この話は2022年9月まで遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、いつものように朝8時に出社した。すると経理を担当するアイリーンが近づいてきた。アイリーンは20代の中華系の女性で大変仕事ができるのだが、一方で気が強く、社長である氷堂に対していつも忌憚なく意見を述べていた。アイリーンは言った。
 
「社長、上海から明日戻ってくる予定のコンテナですが、今はシンガポール港にあって、1週間ほど到着が遅れるようです。」
 
 出勤早々に遅延の情報を聞くのは気持ちの良いものではない。氷堂はアイリーンに尋ねた。
 
「なるほど、でもシンガポールからポートクランまでは1日か2日もあれば着くはずだよね。それに今は港湾が混雑している時期でもない。何で1週間も遅れるのかな?」
 
 するとアイリーンは急に険しい表情になった。そして言った。
 
「社長、先日WhatsAppのメッセージで送ったじゃないですか。今月からシンガポールでは新しいトゥアス港の港湾が稼働しているんですよ。今回の船はその港に初めて寄港するので、積み替えに時間がかかっているんです。ちゃんと読んでください。」
 
 そう言えば数日前にアイリーンからそんなメッセージが来ていた事を思い出した。ただ忙しかったため、きちんと読まずに「Noted(了解)」と返信してしまっていた。こうやって部下のアイリーンから社長が注意されるのも、氷堂の会社のいつもの光景だ。氷堂は言った。
 
 「あぁそう言えばそうだった。ごめんね、ちゃんと確認していないで。でもこれから先も同様の遅延は増えるのかな?」
 
 コンテナリースというビジネスは、コンテナの到着が遅れれば遅れるほど機会損失になってしまう。それを避けたかった氷堂は尋ねてみた。アイリーンは答える。
 
「はい、まだトゥアス港のバースは3か所しか稼働していません。なので急に遅延が増える事は無いと思うのですが、今後20年をかけて今の港湾からトゥアス港へと移管が進んでいきます。その中で遅延は起きると思います。とはいえトゥアス港はAI化と機械化が導入された世界最先端の港湾になる予定です。ですから一度移管が済んでしまえば、今まで以上に貨物はスムーズに扱われるはずです。」
 

 
 「AI化と機械化の港湾」。氷堂はその言葉を聞いて好奇心が湧いてきた。なぜなら港湾とは労働集約型ビジネスの極みの様なものだからだ。例えば港に船が着岸すると、コンテナ船からはコンテナが降ろされ、バラ積み船からは載せられた貨物が降ろされる。その際に大勢の荷役員が船に乗り、また陸側ではコンテナや貨物の受け取りを進める。それは時間との勝負だ。なぜなら沖合には次に着岸する船が待っており、もたもたしているとその分だけ遅延して船のスケジュールにも影響が出てしまうからだ。
 
 そのためマレーシアの港湾では何と18000人もの労働者が働いており、彼らは毎日寄港する船から貨物を降ろし、それを陸側の輸送に繋げる作業に従事している。そして彼らの90%以上はバングラデシュかパキスタンから来た外国人労働者だ。このようにできる限り大勢の人員で、できる限り早く貨物を扱うのが港湾労働のセオリーなのだが、新しく出来たシンガポールの港湾では、AI化と機械化によってこの課題を乗り越えようとしているらしい。それで氷堂はアイリーンに言った。
 
「トゥアス港か…それは楽しみだね。ねぇアイリーン、申し訳ないんだけど、僕は今からシンガポールに行って実際に港湾の様子を見てくるよ。ちょうど今日は金曜日で、午後まで何のアポも入っていない。今から向かえば、明日土曜の午前にはトゥアス港を見に行けるから、僕らのコンテナが載せられた船の様子も観察できると思う。それでもし僕宛ての電話が入ったら、『出張中だ』と伝えてくれるかな。」
 
 するとアイリーンは答える。
 
「え、今からですか。随分と急ですね…でも社長が行かれたいのなら別に止めはしません。お気を付けて行かれて下さい。ただ月曜日には戻ってきてくださいね。色々と決済して頂きたい書類がありますから。」
 
 そう言うとアイリーンは自分のデスクに戻っていった。そして氷堂も踵を返して自分の車へと急いだ。これからシンガポールへ向かうためだ。「AI化と機械化の港湾」とは一体どういうものなのだろう。氷堂の胸は高鳴った。しかしその後に氷堂がシンガポールの港湾で実際に目にしたのは、人手に頼る事ができないシンガポールの深刻な事情だった。
 

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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